第五十話 家族たちの行方
まさか、舞踏会から一週間という怒涛の速さで何か事が起こるとは思ってもみなかったルピナスは、一瞬目を見開くが、直ぐ様冷静さを取り戻す。
「はい。聞かせてください。私にも関係があることですから」
「分かった。これはレギンレイヴ家と仕事上の関わりを持っていた貴族から聞いた話だ。一応裏も取ってあるから、大きな誤りはないと思う」
そうして、キースは現在レギンレイヴ家がどうなっているか、淡々と語り始めた。
「ルピナスの家は今──」
◇◇◇
「お父様!! どうして私に良家からの縁談がこないのですか!」
舞踏会から五日目の正午のこと。レギンレイヴ邸の父の執務室に躍り込むようにして入ったレーナは、顔を真っ赤にして憤怒していた。
その後に続いて入ってきた母が半分呆れた顔でレーナを引き止めるが、彼女はそれを振り払って頭を抱えている父の元へ、ダダダと淑女らしからぬ足音を立てながら近付いていく。
「お父様早く説明してくださいまし! ドルト様との婚約の解消の手続きは済んだのよね!? 私ほどの人間を妻にしたい貴族なんて五万と存在するでしょう!?」
レーナが舞踏会で何があったかは内緒にした上で、ドルトとの婚約を破棄したいと両親に告げたのは、舞踏会の次の日だった。
ドルトが使用人に手を出していたという理由だったため、引き止めることはできず、レーナに甘い両親はそれを飲んで、婚約が解消されたところまでは良かったのだが。
「レーナよ……お前は今の状況が理解できていないのか?」
父がテーブルの上にある散らかった書類を握り締め、眉を顰めてそう言うと、レーナはバツ悪そうに視線を逸らす。
「お前が舞踏会で騒ぎを起こしたことは、もう耳に届いているんだ! それに王女殿下から嫌いだと言われたんだろう!? 公の場で王族からそんなことを言われるなんて前代未聞だ……! そのせいで殆どの貴族たちは我が家の事業から手を引いていった!! そんな危機的な状況を作り出したお前を、誰が妻に迎えたいと言うのだ!!」
「おっ、お父様酷いわ……! そこまで言わなくても良いじゃない……! ねぇ、お母様もそう思うでしょう?」
「……レーナ……今回ばかりは……貴方が悪いわ……」
両親は、ルピナスとは違って、レーナのことは蝶よ花よと大事に育ててきた。
しかし、流石に家が傾くほどの問題を起こし、それを秘密にし、そして反省することなく、自身の縁談のことしか頭にないレーナのことを、まだ猫可愛がり出来るほど、両親の愛は盲目的ではなかったのだ。
「……それに、あのルピナスが名誉騎士の称号を賜って、ハーベスティア公爵家の令息のパートナーに選ばれるようになって、王女殿下とは懇意にしているなんて……」
「くそっ、こんなことなら傷物でも手元に置いておくんだった……!」
「ちょ、ちょっとお父様もお母様も何よ今更! あんな傷物のお姉様より私の方が可愛いでしょう!? 大切でしょう!?」
ルピナスを惜しむように話す両親に、レーナは奥歯を噛み締めた。
(こうなったのも全部お姉様のせいなのに……私は何も悪くないのに……!)
しかし、いくらレーナでも、ここまで言われたら自身も、そして家の状況もあまり思わしくないことは分かる。
とはいえ、レギンレイヴ家は貴重な物資が採れる鉱脈を有している。そのため資金だけはそれなりに潤沢だったので、今は貴族たちが手を引いていても、レーナの悪評が収まるまで我慢すれば、どうにかなるのではとレーナは考えていた。
「……そもそも、うちはお金持ちだからそんなに焦る必要ないじゃない! それに鉱脈さえあれば、いくらでも立て直せるでしょう?」
(そうよ……少し落ち着いたら、私の美貌に虜になって求婚して来る男も現れるはず! 全く問題ないじゃないっ!)
そのときには、ルピナスには負けないように、キース以上の優良物件を選ばないとと思っていると、父の顔色がさぁーっと青くなっていることに気が付く。
同時に、母の呼吸も浅くなっていることに気が付いたレーナは、「どうしたの?」と問いかけた。
「その鉱脈の件だが──ってしまったんだ……」
「え? お父様なんて?」
「騙されて……手放してしまったんだ……!!」
「は…………はぁぁぁ!?」
レーナから直接舞踏会の件を聞く前に、貴族たちが続々と事業から手を引いていくことに父は不安を感じていた。
そこに訪れた一つの光に、父は騙されているとも知らずに乗ってしまったのである。
普段ならば騙されることなどなかっただろうが、正常な判断が出来ないくらいに焦っていたのだ。
「だから……もうこの家には貴族との繋がりも鉱脈もない……」
「待って……そんな……えっ?」
「公爵家も王女殿下も敵に回し……しかも王女殿下は大層陛下から溺愛されていると聞く……もはや我が家が復興する可能性は……ない。それとレーナ──此度の原因であるお前を妻にしたいなどと、わざわざ王族を敵に回すような馬鹿は居ないだろう」
「嘘……嘘……嘘……っ」
父は書類を握り締めて項垂れ、母は床に座り込んで涙を流し、レーナは現実を受け入れたくないのか、「嘘」だと口にし続けたまま、壊れたように笑っていた。
◇◇◇
「──というわけだから、おそらく近いうちにレギンレイヴ家は没落するだろう。そこからルピナスの家族たちがどうするかは分からないが」
「……そんなことが……」
家族には恨みがある。今までの仕打ちを思えば、可哀想だとは思わなかったが、何だか少し複雑な思いだ。
(多分これは、ルピナスとしての感情のせいでしょうね。あんなのでも、一応家族だったから)
しかし、今更どうこうなるものではない。ルピナスはキースに対して「教えていただきありがとうございます」と頭を下げると、キースは続けて口を開いた。
「因みに、妹の婚約者は騒ぎを起こしたことと、婚約が解消になったことで、無一文で家を追い出されたらしい。家督は次男が継ぐそうだ」
「そうですか」
ルピナスは小さく息を吐くと、キースが入れてくれた紅茶をそっと喉に流し込む。
ドルトに対しては、大した感情は浮かばなかった。
「キース様、一つお聞きしたいのですが」
「どうした?」
「家がその状態となると、使用人はどうなったかご存知ですか? その、以前話していたラーニャがどうなったのかが気がかりで……」
「ああ、そのことなら」
使用人が暇を出されるのは間違いないだろう。ラーニャは一体どうしているのか。
事前にキースに頼んではいたものの、まさかここまで早く実家が傾くとは思っていなかったルピナスの心臓は、ドクドクと嫌な音を立てた。
そんなとき、キースはスッと扉に視線を移した。
「……もうそろそろだと思うんだが」
「え?」
──コンコン。
「ちょうど、来たみたいだ」
突然のノックに、キースは相手が分かっているのか、「入れ」と入室を促す。
「失礼致します」という聞き慣れたソプラノの声に、ルピナスは勢いよく立ち上がった。
「ラーニャ……!!」
「ルピナス様……! お久しぶりございます……!」