第五話 その男性、前世の護衛対象
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「っ、おい、いきなり何をしてる……!」
「何って、応急処置をしないと……!」
驚く男性をよそに、ルピナスは破いたワンピースの布を掴んでしゃがみ込む。
倒れた男性の真っ白の隊服が赤く染まっているものの、見たところ致命傷になるようなものはなく、傷口の浅いものが全身にあるように見えた。
「少し痛いですが、我慢してくださいね」
「うぁっ……!!!!」
その中でも比較的傷口が深そうな太腿に、布をきつく巻き付ける。とりあえずこの場では出血を抑えることが、一番必要だったからだ。
「一番深い傷は止血しました。あの魔物の爪には毒はないはずですから、命の心配はいらないですよ」
「あ、ありが、とう……」
(って、騎士ならそれくらい知ってるか)
そんなことを思いつつも、同じくしゃがみこんでルピナスの動向を窺っていた、もう一人の男性の視線が突き刺さることに気が付いたのは、処置が終わって直ぐのことだった。
無言のままじいっと見られ、決して悪いことはしていないはずだというのに、冷や汗がダラダラ出て来る。
ルピナスがこくんと生唾を呑むと、男性が口を開いた。
「さっきの身のこなしに、迅速な処置。君は一体何者──」
「団長〜〜!!」
しかし、そんな男性の声は、続々と現れた騎士たちによって遮られた。
「えっ、団長……!?」
騎士たちの視線からして、団長と呼ばれているのは、今問いかけてきた方の男性だ。
ルピナスはまるで壊れた玩具のようにぎこちなく首を動かし、改めて『団長』と呼ばれた男性を見る。
アメジストのような髪の毛に、美しいグレーの瞳は切れ長い。形の良い唇は薄く開かれており、一言で言えば美形だ。
隊服の上からでも鍛えられているのが解るほどの体付きで、胸元には騎士の証の馬と剣の刺繍が施されている。そしてその刺繍が金色の糸で施されていることが、彼が団長であることの裏付けであった。
(うっそ……私ったら、団長相手に怪我人を任せて剣を振るったの? 知らなかったとはいえ、やらかしてる……)
頭を抱えるルピナスから一旦離れた団長と呼ばれる男性は、部下たちに状況説明と怪我をした団員を病院へ連れて行くよう指示をすると、再びルピナスのところに戻って来る。
未だにしゃがみ込むルピナスに、男性はすっと手を差し出した。
(えっと、掴めってこと、だよね?)
無言で、どこか冷たく見える瞳で見下されているので、変に勘ぐりを持ってしまう。
しかし相手は、騎士だ。しかも騎士団長だ。十中八九貴族である。
現時点で身分はどうなっているかは分からないが、家を追い出されたルピナスに、この手を払い除けたり無視をする選択肢はなかった。
「ありがとう、ございます」
そうして手を掴んで立ち上がると、男は一瞬視線を下に降ろしてから、おもむろに隊服を脱ぎ始める。
何ごと? と首を傾げるルピナスはその動向を見守っていると、まるで受け取れというように、ずい、と手が伸びてきた。
「服が破れてるから、これを巻くと良い」
「あ……お気遣いありがとうございます」
なるほど、どうやらワンピースを破いた影響で生足が見えてしまっているから、少しでも隠せるようにわざわざ脱いでくれたらしい。
見た目や声色は冷たさを感じるものの、その行動には温かさがある。
ルピナスはありがたく拝借して腰に巻くため俯くと、つむじ辺りにひしひしと伝わる視線に堪らず声を上げた。
「あの、何でしょう?」
「君は何者だ? あの動きはただの街娘じゃないだろう。それにさっきの動きは彼女にそっく──いや、何でもない。……で、君は何者だ?」
グレーの瞳に宿すのは、疑念だ。その理由は、ルピナスには手に取るように分かった。
(私が暗殺者とか他国の間者とか、とにかく怪しいと思ってるわけね)
それは至極当然の疑念なので、ルピナスはどう答えようかと思案する。
初対面の人間に前世の記憶が戻ったから、なんて話しても信じてもらえないことは分かり切っているし、最悪の場合、良からぬことを隠すためにくだらない嘘をついたとして投獄なんてされたらたまったものではないからだ。
どうしよう、と普通なら焦るところなのだが。
(これでも前世では二十年、今世では十八年生きてるんだから、これくらいへっちゃらよ。それに、ここで記憶を思い出したのも、騎士に関わりを持てたのも、不思議ではあるけれど、きっと何かの巡り合わせに違いない。生きていくために働かないとと思っていたけれど、せっかくの人生だもの。それならやっぱり私は──)
ルピナスは真っ直ぐに男性を見つめると、ゆっくりと口を開く。
「実は昔から騎士団に入るのが夢で、鍛錬を積んでおりました。そのときに、いざというときのために応急処置の知識も学びました。……けれど騎士を志すことを両親に反対されてしまい……。だったら騎士見習いとして雇ってもらおうと、直接騎士団に伺うために、反対を押し切って家を出て来たのです。──どうしても、騎士になりたくて」
前半は前世でのフィオリナのこと。後半は家を出てきた(厳密には追い出された)ことに少し嘘を織り交ぜて。
そして最後の言葉は、ルピナスの本音だった。ルピナスは、騎士の仕事が大好きだったので、自由の身になったのならば、今世でも騎士になりたいと思ったのだ。
「なるほど。まあ、一応筋は通っているな。しかし、良く知っていたな。騎士見習い制度のことを」
騎士になるのには、大きく二つの方法がある。一つは推薦人と騎士団入団試験を受けるお金を準備し、簡単な試験を合格することで騎士団に入る方法である。
騎士の大半はこれだ。因みに殆どは貴族の令息である。
もう一つは、騎士見習い制度と言って、一つ目の方法が叶わない人間──つまり基本的には平民のための方法だ。
(前世の私はこの方法を使って騎士になったのよね)
衣食住は補償されているがお給金は出ず、騎士としての鍛錬や仕事に参加するよりも、家事雑用などの下働きの時間が長い。そんな中で、年に一度ある騎士団で行われる騎士昇格試験を受け、受かった者だけが晴れて騎士の名を授かることができるのだ。
(その年にもよるけれど、合格者はなかなか出ない。私のときも、十年ぶりの合格者だったっけ。それに女で騎士になったのは私が初めてだったから、少し話題になったのよね)
前世の記憶のお陰ですらすらと言葉が出てくるルピナスは、過去の自分に感謝した。
「はい。調べました」
ぴしりと姿勢を正してルピナスがそう言うと、男性の瞳から警戒心がやや薄れる。
「魔物について詳しいのも学んだからか?」
「そ、そんなところです! あ、そういえば名乗っておりませんでした。申し訳ありません。私はルピナス・レギンレイヴと申します」
「レギンレイヴ? ……君は子爵家の人間か」
「あ、はい」
「貴族令嬢が親の反対を押し切って家出して、一人で王都に来て騎士になりたい、ね」
顎に手をやって考え込む男性の姿は、とても様になっている。
ここまでの美形は中々見たことがない……とルピナスが思っていると、男性は思考が纏まったようだった。
「分かった。貴族の出なら身元ははっきりしているし、問題はない。騎士見習いは激務だし、騎士昇格試験は半年後だから、それまではどれだけ実力があろうが騎士見習いのままだが、良いか?」
「はい……! 問題ありません! ありがとうございます!!」
これで衣食住に困らずに済むし、騎士への道も開けた。
ほんの少し嘘をついているが、まあ、そこは家族が関わって来ない限り大丈夫だろう。傷物令嬢ということを知られていたとしても、別に騎士見習いになるにあたっては、さほど関係ないだろうし。
ルピナスは幸先の良い門出に、胸が高鳴る。
すると、ひゅるんっと強い風が吹いた瞬間、男性は「自己紹介がまだだったな」とポツリと呟いた。
「俺の名前はキース・ハーベスティア。ハーベスティア公爵家の次男で、第一騎士団の団長をしている」
(えっ。キースって、あの、幼かった……?)
ぼんやりとして、返事をしないルピナスに、キースはやや不思議そうに眉を歪める。
「……? おい、どうし──」
ルピナスは信じられないと目を見開いて、そして、そりゃあ見たことがあるわけだ、と掠れた声を漏らした。
「キース、様……?」
「ああ、キースだが」
ルピナスが前世、騎士として働いていた頃、護衛対象だった八歳の少年が、まさか騎士団長として目の前に現れるなんて、誰が想像できただろう。
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