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第四十五話 レーナは自爆する

 

 腹の底から叫んだ令嬢の声は、だだっ広い会場内に響き渡ったようだ。

 騒ぎに気付いていなかった貴族たちもドルトの醜態に気がついたのか、「格好悪い」「とんでもない醜態だ」「ああはなりたくない」などと言いながら、クスクスと嘲笑した。


 女性たちは、ドルトに対して背を向けたり、目を覆い隠したり、中には恥さらしだと冷ややかな目を向けるものもいた。


「ち、ちがう、これは……っ」


 羞恥と動揺からか、座り込んだまま下着を隠すこともしないドルトは、今にも倒れてしまいそうなほど顔が真っ赤になっていて、目が泳いでいる。


 まさに因果応報。哀れだなぁと思うと同時に、ルピナスの苛立ちはスッと収まっていく。

 もちろん、わざと転かしたわけではないし、股の部分が破れるだなんて思わなかったけれど、正直スッキリしたというのが本音だった。


「ぼぼ、僕を見て笑うなぁ! 笑うなよぉ!!」


(そう思うなら、とりあえず立ち上がるか、下着を隠せば良いものを)


 なんて、冷静に考えているルピナスに、周りの貴族たちは続々と声を掛けてくる。


 どうやらドルトがルピナスをしつこく追い回し、許可もなく手を握った無礼者であることも広まっているらしく、「大丈夫ですか?」「怖かったですわね」などと心配を向けられたので、ルピナスは毅然とした態度で対応していると、後方から見知った声が聞こえてきたので、勢いよく振り向いた。


「ちょっとドルト様……! 何ですのこの騒ぎ、って、え!? なんて無様な……!! さいってーー!!」

「レ、レーナ、これは…………!」


 鮮やかな赤のドレスに身を包んだ妹──レーナの登場に、そしてドルトを心配することなく罵倒する姿に、こういう子だものね……とルピナスは妙に納得してしまう。

 ルピナスが家を出て行ってから態度が急変したところも踏まえると、大凡ドルトのことは愛しておらず、ただ奪いたかっただけなのだろう。


 現に、今さっきまで話していたと思われる取り巻きの男性たちが、レーナの後ろからぞろぞろと現れて、ドルトを見下ろしている。


(揃いも揃って婚約者以外の異性にちょっかいを出して……ある意味お似合いだけれど)


「これには事情があるんだ……! ルピナスが僕の手を振り払ったから……! だから悪いのはルピナスなんだ!!」

「そんな下らない嘘をつかないでくださる!? 恥の上塗りですわよ! そもそもお姉様がこんな格式高い舞踏会に来られるわけないじゃない! お姉様は今頃どこかで野垂れ死──え?」


 それは、ドルトが指を指した方向をレーナが反射的に見た直後だった。


「久しぶりね、レーナ」

「う、嘘……お姉様が何でここに……それに何よそのドレス……私が着たかったのに!」

「良くこの状況でドレスの話ができるわね」


 流石に実の妹は、見た目が多少変わっても直ぐにルピナスだと気が付いたらしい。こんな状態でドレスにも反応するのだから、相当欲しかったのだろう。


「う、煩いわよ! 私の質問に答えなさいよ!!」

「……ハァ。その前にまず、婚約者の方に優しいお声でもかけて差し上げたら。注目の的になっているままよ」

「ぐっ」


 ドルトだけに向けられていた哀れな瞳は、レーナの登場により彼女にも向けられ始めている。


 ドルトの恥は、婚約者であるレーナの恥とも取られてしまったのだろう。

 そもそも、騒ぎを聞きつけて直ぐにドルトを心配するようなしおらしい態度を取っていいればレーナは同情されていただろうに、いきなり罵倒なんてするから。


(……それくらい、ドルト様に対して不満を持ってるとか?)


 まあ、関係ないことだけれど。ルピナスはそんなふうに思いながら、ドルトに近づいていくレーナを目で追う。


 レーナは手を差し出すこともしゃがみ込むこともなく、腕組をしたままドルトを見下ろした。


「ドルト様、貴方がここまで恥さらしだとは知りませんでしたわ。それにお姉様に手を振り払われたって、手を握ったってことでしょう? 私という婚約者がいながら、お姉様にちょっかいをかけようとするなんて……頭がおかしいんじゃない!?」

「そ、そこまで言わなくても……!」


 そういうレーナも、この舞踏会で高位貴族の令息たちに唾を付けていたのだが。令嬢の尻ばかり追いかけていたドルトがそれを知る由もなく。


 そんなレーナの虜になっている令息も既に何人かいるようで、新たな優良物件が見つかった今、レーナとしてはドルトの必要性を感じられなかった。


 レーナはバッと艶やかなセンスを広げると、口元を隠したまま、これ以上ないくらい冷ややかな目を向けて口を開いた。


「もう貴方とはやっていけないわ! 婚約破棄をしてくださいまし!」

「なっ、レーナ待ってくれ……!」

「嫌とは言わせませんわ! お姉様だけでなく、我が家の使用人にも手を出したことは分かっていますの! それにこの醜態……さっさと手続きを済ませてくださいね!」

「そ、そんなぁ……!」


(まさかレーナが婚約破棄をしたかったなんて……。ん? 使用人に手を出した……? もしもラーニャに何かしてたら許さないわよ……)


 しかしここでドルトに問い詰めて、注目が自分に向くのは良くないだろう。キースの面子を潰すわけにはいかない。


 ルピナスはぐっと堪えると、誰かが呼んだのか、ドルトは衛兵によって会場の外へと連れ出されて行った。


 しかし、問題は終わらない──どころか、むしろ今からが本番だった。


 妹のレーナが、隠そうともしない攻撃的な瞳を向けて来ることに、ルピナスはため息をつきたくなった。


「それで答えなさいよ!! なんであんたがここに居るのよ! 誰に擦り寄ったんだか……!」


 レーナはどうやら、ルピナスがキースの同伴者として舞踏会に参加していることを知らないらしい。

 それくらい、令息たちとの会話が弾んでいたのだろう。


「擦り寄ったなんて端ない言い方はやめて。私をパートナーに選んでくださった方に失礼だわ」

「はぁ? 醜い傷物のお姉様をパートナーにするなんて大した人じゃないでしょう!? 偉そうに言わないで!」

「……私のことだけならまだしも、あのお方を侮辱するような発言まで……。いい加減にしなさいよレーナ」

「な、何よ……偉そうに!!」


 レーナにとってルピナスは、弱い人間だった。言い返してくることはたまにあっても、結局のところやってもいない非を認めるような、そんな弱い人間だったのだ。


 けれど今、目の前にいるルピナスはどうだろう。


 おどおどした様子はなく、俯く様子もなく、レーナの目をしっかりと見て淡々と言い返してくる。

 どころか、声には怒りが孕み、レーナの背中には無意識に冷や汗が伝った。


「醜い傷物令嬢が、偉そうに私に説教垂れてるんじゃないわよ!!!! あ、分かったわ!? あんたもしかして、意外と床上手だったんでしょう? だからどこかのジジイにでも気に入られてこの舞踏会に参加してるんでしょ?」


 だから、ここが今どこなのか、どういう状況なのか考えるよりも、目の前のルピナスを攻撃するためにレーナは罵詈雑言を捲し立てた。

 それが、自分の首を絞めるだなんて考えもしないで。


「レーナ、一度落ち着いて周りを見てみなさい」

「はあ!? だから私に偉そうに言わな──」


 はた、とレーナはルピナスの回りにいる令嬢の顔を見た。

 扇子で口元は隠しているものの、こちらを見て嘲笑っているのが分かる。まるで、『もう貴方は終わりね』と言うような、そんな目を向けているのだ。


 レーナに虜になっていたはずの令息たちも、眉を顰めている。

「こんなに下品で嫌な女だとは思わなかった」と呟いた令息の声がレーナの耳に届いた頃には、もう遅かった。


「あ、あはは……じ、冗談よ……全部、冗談に決まってるじゃない……!」


 やっと状況を理解したレーナは、頭を振りながら言い訳を始めた。

 ドルトが浮気するからだとか、ルピナスが全部悪いだとか、全てを人のせいにして、令息に擦り寄り始めたのだが。


 その手は、まるで汚いものに触れるかのように振り払われた。


「どうして……? 私は可愛いでしょう? 綺麗でしょう? こんな私が助けを求めているのに、どうして誰も手を取ってくれないの……?」


 かくんと、膝から落ちたレーナは、わなわなと肩を震わせながら嘆いた。


 今まで傷物だからと見下され、虐められてきたルピナスは、そんなレーナの姿に少しは気が晴れたので、そっと一歩を踏み出してレーナに近寄る。


「……レーナ、もう今日は屋敷に帰りなさ──」


 基本的に人を傷つけることを好まないルピナスは、ドルトのこともそうだが、レーナもこれ以上醜態を晒す必要はないと思ったのだ。


 しかし、レーナは同情されることさえも気に食わなかったらしい。


「……っ、煩いわよ!! あんたなんか、あんたなんか……両親にも必要とされない醜い傷物令嬢のくせに!!」 

「………………」


 会場内がルピナスを心配し、レーナを敵対視する中で、もう黙ったほうが身のためだと分からないのだろうか。ここまで来ると哀れに思える。


 ルピナスはレーナに対して、もはや怒りは湧かなかった。


「何よその目……何なのよぉ!! っ、お姉様なんてねぇ! どれだけ化粧をしたって、綺麗なドレスを着たって、あんな醜い傷跡がある時点で、誰にも愛されないんだから!!」


「──誰が、誰にも愛されないって?」

「…………!」


 ざわざわとした会場が、一瞬静まり返る。

 優しく肩を抱かれ、聞き間違えるはずのないその声に、ルピナスはパッとレーナから彼へと視線を移した。


「キース様……」

「来るのが遅くなって悪かった。それにしても、俺が愛してやまないルピナスが誰にも愛されないというのは、どういうことだ。分かるように説明してもらおうか」


 キース様とルピナスが呼んたことで、彼がキース・ハーベスティア公爵家令息だということ気が付いたレーナは、「へっ?」と素っ頓狂な声を上げたのだった。

読了ありがとうございました。

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