第四十話 ドレスを新調しましょう
アイリーンとカフェテリアに行ってから三日目の午後。
今日は午後から非番のため、鍛錬をしようかと考えていたルピナスだったが、訓練とは程遠い──というか、ほぼ正反対と言って良いような場所にいた。
「ルピナス、気に入ったものがあれば教えてくれ。好みがないならプロに見繕ってもらうのも手だが……」
「お洒落には疎いのでお任せしても……?」
王都に構えるドレスショップ──その中でも一番の有名店では、貴族の中でもごく一部しか入ることが出来ない。そんな店に、ルピナスはキースと共に来ていた。
キースも入店は初めてらしいが、流石ハーベスティア公爵家ともなると、すぐさま入店を許可されたのは記憶に新しい。
(舞踏会で着るドレスを買いに行くって言われたけれど、まさかこんな超一流の店に来る羽目になるなんて……確か、レーナがこの店のドレスを一度でも良いから着てみたいって言っていた気がする)
舞踏会に安物のドレスを着ていってキースに恥をかかせる訳にはいかないし、ルピナスの手持ちでは大したドレスは買えない。
「俺が誘ったんだから、ドレスは俺が買うのが当たり前だ」とも言われ、ルピナスはキースに甘えて超一流のドレスショップに来たまでは、まだ良かったのだが。
「お客様にははっきりとした色のドレスの方がお似合いですわね! ドレスコードに指定がなくて、首が詰まったデザインが良いとなると……この瑠璃色の新作ドレスが良いかと! さあ、早速着てみましょう! さあ!」
「あ、ありがとうございます……」
(あ、圧が凄いわ……)
要望に沿ったドレスをオススメしてくれるのは大変ありがたいのだが、あまりにも圧が強いので、ルピナスは苦笑いを漏らすしかない。
休憩用のソファに腰を下ろしたキースに「楽しみだ」と微笑まれながら、ルピナスは試着室に入ってドレスに袖を通した。
「……如何でしょうか? ドレスに着られてしまっていませんか?」
店が用意してくれた靴に履き替え、ドレスに身を包んだルピナスがキースの前でくるりと回る。
美しい装飾に鮮やかな瑠璃色のふんわりとした生地。首は詰まっているが、レースで編み込まれているため、暑苦しい感じは一切せず、むしろ優雅さを醸し出している。
「綺麗だ……他の人に見せるには惜しいくらいに」
「……っ」
頬の赤色が見られないように、ルピナスはバッと両手で顔を隠す。
「あらぁ〜お熱いですわ〜それに本当にお似合いですわ!」と言って拍手喝采をしてくれる店員に、ルピナスはより一層恥ずかしくなってくる中、立ち上がったキースが目の前まで歩いてきていた。
男女のそういう雰囲気は日常茶飯事のため、空気を読んだ店員は「別のドレスも探してまいります〜!」と言って、他の店員も引き連れてそそくさと店の奥に入っていく。
試着室の前で、二人きりになったルピナスの顔を隠す手を、キースは優しく掴んだ。
「本当に綺麗だな」
「あ……ありがとうございます! このドレス本当に素敵で──」
「ドレスを着たルピナスが綺麗だ。良く似合っている」
「〜〜っ」
愛おしそうに見つめてくるキースの瞳を、長時間直視することなんて出来そうにない。
ルピナスはそろりと視線をよそにやると、「少し触れても良いか?」と尋ねられ、咄嗟に「はい」と答えたことに後悔した。
「あっ、いや、今のその」
「言質は取った。諦めろ」
キースの骨ばった美しい手が、ルピナスの左頬に優しく触れる。
それからその手は少しずつ下に降りていき、細い首筋を優しくなぞると、肩で止まった。
「キース、様……?」
「要望通り、傷跡はきちんと隠れているな。良かった」
「…………そう、ですね」
首元や肩が隠れているドレスを、と要望したのはルピナスではなくキースだった。
ルピナスもわざわざ舞踏会で傷跡を見せつけるつもりはなかったので、遅かれ早かれ同じ要望をしていただろう。けれど。
(キース様に『良かった』って言われるのは、少し複雑ね……)
ルピナスがこの傷跡を誇りに思っていることも、一切恥じていないことも、キースは知っているからだ。
だから上手く隠れて良かったと言われたことに、胸に引っかかりを覚えた。
(けれど当然ね。……こんな大きな傷跡を舞踏会で見せたら、噂の的になってしまう。傷物令嬢というのが本物だったとか、醜いだとか、可哀想だとか)
それだけならばルピナスが気にしなければ良いだけの話だが、おそらくそんなルピナスを同伴者に選んだキースも良くない噂の的になってしまうだろう。
(……うん。それだけは絶対嫌だ)
それに今回の舞踏会は、キースは公爵家の代表として出向くのだ。
不安要素は取り除いておくに越したことはないだろうと、ルピナスは自分自身で納得させると、キースがおもむろに口を開いた。
「今……何か変なことを考えていなかったか」
「……! い、いえ?」
「……嘘だな。さっさと言え」
「………………」
「……団長命令だ」
「今それを出すのは流石に狡くないですか!?」
表情に出ていたのか、職権を乱用して問い詰めてくるキースに、ルピナスに気まずそうに本音を口にした。
するとキースは重たい溜め息を吐いた後、前髪を掻き上げる。
「俺の説明が足りなかった。……誤解だ、悪かった」
「誤解、ですか?」
「ああ。俺は別にルピナスが傷跡が見えるドレスを着て周りに噂されても、君自身が気にしないなら俺は何を言われても構わない。まあ、度を超えた奴には口を出すが」
「だったら、どうして……」
「俺は、ただ」
キースは、向かい合ったルピナスの肩に顔を近づける。
吐息が首筋にかかり、ルピナスの身体はぴくんと跳ねた。
「この傷跡を、俺以外の人間に見せたくなかった。俺を守ってくれた君が誇りだと言ったその傷跡は、俺だけが知っていれば良い」
「…………っ、キース様……」
──ドキドキと、胸が激しく音を立てた。
引っかかりは簡単に解かされて、いつの間にか多幸感で一杯になっている。
「ありがとう、ございます」
「……はは、何の礼だ?」
くつくつと喉を震わせたキースに、ルピナスは心臓を落ち着かせることに内心躍起になった。
こんな至近距離では、この鼓動がキースの耳に届いてしまうかもかもしれないと思ったから。
そうして舞踏会当日。
ルピナスの舞踏会デビューは、貴族たちの様々な注目を集めることになる。
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