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第三十九話 欲求は止まらない

 

 あれは十年前、アイリーンの八歳の誕生日の日のことだった。

 その日、アイリーンは両親と共に王都で暮らす祖父母の屋敷に馬車で向かっている最中だった。


『御祖父様と御祖母様に会うのが楽しみ〜ふふ!』


 しかしその道中、馬車は突然停止し、不思議に思ったアイリーンたちが外に出ると、そこには魔物の姿があったのだった。

 そのとき、アイリーンと両親は死を覚悟した。


 普段、魔物は魔術師による結界によって、街に姿を現すことは殆どなかったというのに、結界の綻びから侵入した魔物と、運悪く遭遇してしまうだなんて。


『ふぇっ、怖いよぉ……っ』


 両親に抱きしめられながら、アイリーンは恐怖でギュッと目を閉じる。


 しかし、いつまで経っても魔物が襲ってくる気配はなく、その代わりに『ギィエエーーー』という悲鳴のような声が耳に届いた。


 両親の腕の中からそろりと、魔物がいた方に目線を寄越せば、魔物が地面に倒れたのと同時に振り返った男性の姿をアイリーンは目にしたのだった。



「──魔法で魔物を一掃したあのお方は、直ぐ様手を差し伸べて下さいました。『怖かっただろう? もう大丈夫だから』と、泣きじゃくる私を慰めてくださったのです。そのときに、このハンカチを……」


 アイリーンはバッグから青いハンカチを取り出すと、愛おしそうに手に持つ。


「そんなことが……」

「はい。それで私は、無謀にもあのお方に恋をしてしまったのです。このハンカチもいつか返せたらと……常に持ち歩いているので、この前の機会に返せたのですが、緊張でそれどころじゃなくて」


 キラキラとした目で語るアイリーンは、気恥ずかしそうにはにかむ。

「何だか恥ずかしいですわ」と頬を染めるアイリーンに、ルピナスは口を開いた。


「素敵です。……私は恋愛的な意味で人を好きになったことがないので、はっきりと好きだと言えることも、ずっと思い続けることも、本当に格好良いです」

「……素敵だなんて! 私からすればルピナス様のほうが素敵ですわ! それに、誰かを好きになることは切ないけれど楽しいものですから、ルピナス様にも是非知ってほしいです」

「……恋、ですか」


 そこでルピナスは、はたとキースのことが頭に浮かんだ。

 十八年以上、ずっと一途に想ってくれていて、今は毎日好きだと気持ちを伝えてくれている彼は、アイリーンと同じ素敵な人間に思える。


(けれど私は、キース様の気持ちに応えられないでいる。惹かれていることは確かだけれど、恋愛的に好きだっていう確信が持てない)


 「そもそも恋とはなんなのでしょうね」


 ルピナスはそんな疑問を、恋を知っているアイリーンに問いかけた。


「うーん、違いですか……そうですねぇ、相手の幸せを願う、というのは、恋愛感情じゃなくても思いますものね」

「……確かに」

「あ、でも、これはあるかもしれません! 完全に私の持論ですが……」


 そう言ってアイリーンは、一度紅茶で喉を潤してから、改めて口を開いた。



「それは──」



 ◇◇◇



 ルピナスがアイリーンと穏やかな休日を過ごしていた日の夜。

 レギンレイヴ子爵邸では、婚約者であるドルトを含めての夕食会が行われていた。


「それで、式の日取りは決まったのかい?」


 そう、父がレーナとドルトに向かって問いかけたが、二人は一瞬目を見合わせただけで直ぐには答えなかった。

 レーナはぷいっと顔を逸し、当たり前のように再び食事を始めると、ドルトが慌てたように答え始める。


「まだ決めかねていて……一生の思い出になる日ですし、慎重に決めるつもりでいます」

「ほぉ、そうかい。愛されておるなぁ、レーナ」


(何よ、ドルト様ったら白々しい)


 ルピナスからドルトを奪ったものの、そこに愛がなかったレーナからしてみれば、結婚は正直前のめりではなかった。


 ドルトの良いところといえば侯爵家の跡取りというだけで、しかしその実は貧乏で見た目や性格もパッとしない。

 間違いなくルピナスの婚約者になっていなければ、レーナの興味の対象からは外れていたのだ。


(一人、二人、三人……この部屋だけで三人のメイドにちょっかいかけてるくせに)


 しかも、哀れな傷物令嬢であるルピナスを虐め役として仕立て上げ、追い出すことに成功し、ドルトの婚約者の座を奪ったことで欲求が満たされたレーナが猫被りをやめたことで、ドルトからの愛情は日に日に薄れていっている。


 初めは毎日屋敷に足を運び、愛の言葉を囁いていたというのに、途中から影で使用人にちょっかいを出し始め、それは日を増す毎に過激になっているのだ。


 レーナに気付かれているとも知らず、ドルトはこの婚約が破談になる可能性がないと思っているのか。


(私を誰だと思っているのかしら! せっかく社交界の花である私が婚約者になってあげたのに、使用人にちょっかいを出すなんて許せない……! いっそのこと婚約破棄を……)


 そう、レーナは何度も考えたのだが。


(けれど侯爵夫人の座は捨てるには惜しいのよね……今まで子爵家ってだけで私を下に見てきた女たちの羨む顔を拝みたいもの。お金はうちが持っているし、結婚したら今以上に侯爵家に援助するって言ってるから、私の生活は今の水準と変わらないだろうし〜)


 過去に言い寄られた令息たちは、皆、男爵、子爵、伯爵家の人間だった。


 侯爵家以上だと殆どの家はお金に困っていないのか、いくらお金があっても子爵家の、しかも次女のレーナに縁談の話は舞い込まなかったのだ。


(あーあ……侯爵家以上の爵位でイケメンで、何なら我が家よりお金もあるような男は居ないかしら。そんな人が居たら、ドルト様なんて直ぐに婚約破棄してやるのに!)


 そんなことを考えながら、貴族令嬢とは思えないような荒々しい所作で食事を摂るレーナに、母が話しかけた。


「式の前に、先ずは王家主催の舞踏会よね! レーナには特注のドレスを準備しなくちゃ!」

「え? 王家主催の舞踏会? 何の話です?」

「あら、聞いていないの?」


 そう言って、母は不思議そうにドルトに目配せをする。


「ああっ、済まないレーナ! 君の美しさに見惚れて、舞踏会のことを話すのを忘れていたよ!」

「……しっかりしてくださいまし!! 私に恥をかかせるおつもりですか!?」

「そ、そんなつもりは……」

「ま、まあまあレーナ。そんなに目くじらを立てることもないじゃないか」


 父が諭すようにそう言うので、レーナはまだ言い足りないながらも口を噤む。


(どうせ使用人たちにちょっかいを出してたから伝えるの忘れたんでしょう!? こうなったらお父様にドルト様の女遊びのことを伝えて、やっぱりこの婚約を破談に……って、待って? 王家主催の舞踏会……?)


 王家主催の舞踏会といえば、基本的に伯爵家以上の上位貴族しか参加できない。


 子爵家のレーナが参加できるとすれば、上位貴族の同伴者になるしか方法がないわけだが。


(これは……私に幸運が回って来たんじゃなぁい? 王家主催の舞踏会なら、上位貴族ばかり! 今まで縁がなかっただけで、公爵家や、もしかしたら王子様からお声がかかる可能性だってあるかも!!)


 より良い相手に声を掛けられたら、ドルトから乗り換えれば良いだけの話だ。

 ドルト側に婚約破棄を問題にされても、ドルトが使用人たちにちょっかいを出していたのを逆に問題にすれば、ことは丸く収まるだろう。


(うふふっ、何だか楽しみになってきちゃった〜! 私ばっかり良い思いをして悪いわねお姉様。ドルト様はもう要らなくなるだろうから返してあげても良いけれど、そもそも、もう野垂れ死んでるかしら? それともみすぼらしく平民として生きている? ふふっ。……あれ? そういえば前にドルト様が名誉騎士がなんたらって)


 ──って、そんなわけあるわけないものね。

 久々に思い出したルピナスのことを内心で嘲笑ったレーナは、先程よりも幾分か機嫌が良さそうに食事を摂り始める。


(早く舞踏会の日にならないかしらぁ! うふふふっ)


 そうしてレーナは、食事を摂り終わると、早速母とドレスの相談をし始めた。


 この舞踏会が、自身と、家族の破滅に繋がるとは夢にも思わずに。

読了ありがとうございました。

少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!

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