第三十八話 質問攻めにご用心
舞踏会に同伴者を連れて行く場合、その相手は身内か婚約者であることが一般的だ。
いくら同伴者必須の舞踏会とはいえ、相手にルピナスを連れて行くことそれ即ち、キースとルピナスは婚約者同士、もしくは婚約者になり得る可能性が高い間柄であることを貴族たちの前で披露することになる。
ルピナスもそのことは分かっているのだろう。キースのために一肌脱ぎたい気持ちはあるものの、なかなか決めきれないでいる。
というのも、キースに求婚されている立場で今回の件を引き受けてしまっては、それはキースを期待させてしまうことになるのではと思ったからだ。
(どうするのが正解なんだろう。キース様のお役に立ちたい。けれど……)
こんな宙ぶらりんな気持ちで引き受けても良いものなのか。
そんなふうに考えているルピナスに対して、キースはおもむろに口を開いた。
「俺の我儘で悩ませて悪い。だが、ルピナスが嫌じゃないなら今回だけ引き受けてほしい。もちろん、これを機に無理矢理婚約者にだなんてするつもりはないから安心してくれ」
「……そういうことは考えていなかったのですが…………」
「……ん?」
「その、キース様に好意を抱いていただいている立場で引き受けるのは、いかがなものかと」
もう正直に打ち明けたほうが良いだろうと、ルピナスは本音を吐露する。
すると、ルピナスの頭にぽん、と手をやったキースが、ふわりと笑った。
「俺から頼んだことだ。俺の気持ちのことは心配しなくても良い。……本当にルピナスは優しいな」
「……そんなことはありません! けれど、そういうことでしたら、お引き受けいたします」
「ああ、頼んだ。ありがとう」
初めての社交界が王家主催のもの、そしてキースの同伴者として出向くことになるとは夢にも思わなかった。
ルピナスは、淑女教育を受けていたことに心の底から安堵しながら「あたしもいるんだけどぉ」と頬を引く付かせるマーチスに、すっかり存在を忘れていたことを謝罪するのだった。
◇◇◇
「ルピナス様!! あのお方とお知り合いだったのですか……!? そこのところ詳しく……!!」
賑やかなカフェテリアで、向かいの席のアイリーンが興奮気味に問いかけてくる。
どう答えれば良いものかと考えるルピナスの口からは、「あはは……」と乾いた声が漏れたのだった。
──それは、ルピナスがキースに舞踏会の同伴者にと頼まれた日から一週間後の朝のことだった。
(ついに今日ね、アイリーン様と街に行くの)
美しい文字で綴られたアイリーンからの手紙には、『休みが合ったら街に行きませんか?』という旨の内容が書かれている。
ルピナスはその手紙に返信し、アイリーンも住み込みで勤めているためやり取りはスムーズに行えた。
そして直近の休みが被っていることを確認し合った二人は現在、アイリーンが行きたいと言ったカフェテリアに来ていたのだが。
「アイリーン様、少し落ち着いてください! それにほら、頼んだ料理が来ましたよ!」
「え、ええ! ごめんなさい……っ、つい興奮してしまって……」
店で一番人気のランチを頼んだ二人は、冷めてしまってはシェフに悪いからとフォークとナイフを手に取る。
因みに、ルピナスは以前まで所持金がなかったのだが、御前試合優勝者ということで、騎士見習いの立場でありながら、騎士の半額の給料を貰えるようになっている。コニーや他の騎士たちからも反対の声は上がらず、ルピナスは悪いとは思いながらも、全く所持金がないのは正直不便だったので、甘えることにしたのだった。
「それでルピナス様、あのお方のことなのですが……」
アイリーンは恥じらうように頬を染め、けれど瞳は力強くルピナスを見つめている。そんなアイリーンの問いかけに、ルピナスは口を開いた。
「以前、御前試合のときに──」
そこでルピナスは、街ということもあってセリオンとリリーシュの素性がバレないように気を付けながら、御前試合での出来事を話した。
先日騎士団塔にセリオンがやって来たのも、その時のお礼を言いたかったからだと。
(嘘はついていない。……うん、嘘は)
転生魔法については、声を大にしてできる話題ではない。それに伴って生まれ変わりだとか前世の記憶があることを話すのも憚られた。
というより、ルピナスはそもそも自身に前世の記憶があることはアイリーンに告げるつもりはなかったのだ。
キースやセリオンのように、前世で関わりを持っていた人物ならばいざ知れず、アイリーンはフィオリナの存在を知らないので、言っても困らせてしまうだけだと思ったから。
「そうなのですね! それにしてもルピナス様は私のことも助けてくれましたし、本当にお優しくて格好良いですわ……!」
「いえ、騎士として当然のことです……!」
「はあ〜そんなところも素敵ですわぁ! そんなルピナス様と同じくらい、あのお方も素敵でした……固まってしまった私にも優しく接してくださって……あの日は興奮で眠れませんでしたわ……!」
「やだ私ったら……」と、自身の頬に手をやって恥ずかしがるアイリーンに、ルピナスは心がほんわかとした気持ちになる。
「遠目で見るだけで十分でしたのに、あんなに至近距離で声までかけていただけるなんて……夢みたいですわ」
「アイリーン様、本当にお好きなのですね……」
「はい! かれこれ十年間は片思いをしているでしょうか? 一目惚れでした……」
「十年間!?」
サラダを差したフォークから、野菜がポロリと落ちる。
ルピナスは「無作法で申し訳ありません」と謝罪してから、アイリーンに向き直った。
「その当時だと、アイリーン様八歳ですよね……?」
「ええ! そうなのです。十年前のとある日、あのお方は私の前に颯爽と現れたのですわ……」
まるで懐かしむように、アイリーンはセリオンとの出会いを語り始めた。
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