第三十六話 約束の稽古をしよう
二章始まりました!
今後ともよろしくお願いいたします……!
ルピナスとして生まれ変わったのがセリオンの転生魔法によるところだということが分かって直ぐ、セリオンには魔術師団から連絡が入ったため、その場はお開きとなった。
「ではまた」と言って颯爽と去っていくセリオンの後ろ姿を眺めていると、何だか全てが夢だったのでは? という気持ちになる。
「ルピナス、大丈夫か?」
「…………キース、様……」
「悪い。俺も混乱していて、今は気の利いたことを言ってやれそうにない」
そう謝罪するキースを見ていると、これが現実なのだと思い知らされる。
ルピナスは「謝ることなんて……」と言葉を漏らして、俯いた。
無意識に自身を抱き締めるように腕にギュッと力を込めると、小刻みに身体が震えていることに気付いたのだった。
◇◇◇
あれから、ルピナスは直ぐに仕事に戻った。
セリオンが何故痛みを背負ってまで転生魔法を使ったのか、理由が明らかになっていないので、内心はそれどころではなかったが、考えても明確な答えは出なかったからだ。
つまり今、頭を悩ませていたって何も生まれないのである。
それにルピナスは、コニーたちに廊下掃除を代わってもらっていたことをしっかり覚えていたため、キースに一言入れてから、直ぐに持ち場に戻ったのだが。
「ルピナス、どうかした? 何だか元気ない?」
「だ、大丈夫よコニー! 元気過ぎるくらい!」
「そう……? 無理しないでね! それにしても、ルピナスが王弟殿下と知り合いだなんて、僕驚いちゃったよ」
「あはは……」
前世の友人で、何故か私を生まれ変わらせた人です。なんて言うことは出来ず、ルピナスはできるだけ無心で廊下を拭くことに専念した。
(態度に出すな私。セリオン様のことは仕事が終わってから、後で考えよう)
考え事をしていて仲間に迷惑をかけたくない。もちろん、心配だってかけたくない。
ルピナスはそう思って、その日の仕事が全て終わるまで、セリオンのことは必死に頭の隅に追いやった。
そんな中、迎えた夕食の時間。
ルピナスの今日の業務は夕食後の後片付けをしたら終わりなので、手早く済ませるとキッチンを出る。
とにかく部屋に戻ろうと思っていると、いつもより意識が散漫していたせいなのか、背後から近付いてくる足音にルピナスは気づかなかった。
「ル、ピ、ちゃぁ〜ん!」
「……わっぷ!?」
「あらやだ独特な叫び声ねぇ! って、そうそう! キースがルピちゃんのこと呼んでたわよぉ! 第一訓練場に来て欲しいってぇ!」
「第一訓練場に? 今からですか?」
マーチスに後ろから抱き締められているが、セリオンにされたときのような心のざわつきも、キースに触れられたときのような胸のときめきも感じない。
マーチスが普段からスキンシップが多いからなのか、それとも『マーチス』という取っ付き易い人間相手だからなのか。
と、まあ、それは一旦置いておくとして。
「マーちゃん、伝言ありがとうございます! 行ってきますね」
「良いのよぉ〜あ、でもルピちゃん! 外だから大丈夫だと思うけど、キースって腕っぷしゴリラだから気をつけてねぇ! 油断大敵よぉ? 危ないと思ったら逃げるのよぉ?」
「……? キース様はいきなり斬り掛かってきたりしないと思いますよ?」
「そっちの意味じゃないんだけどね!?」と耳元で叫ぶマーチスを適当にあしらったルピナスは、直後足早にその場を後にした。
夕食にも姿を出さないくらい多忙だったらしいキースが、マーチスを使って呼び出すのだからきっと急いだほうが良いだろうと、ルピナスはそう思ったから。
そして、指定された第一訓練場に到着直後、ルピナスはいきなり手渡された木刀に、「はい?」と間の抜けた声が漏れたのだった。
「キース様、あの、これは?」
「木刀だが」
「ああ……申し訳ありません。そういうことではなく……いきなり木刀を渡された意味をお聞きしたいのですが……」
一切呼び出しの意図を考えていなかったルピナスは、手渡された木刀と、何食わぬ顔をしているキースを交互に見つめる。
(斬り掛かって来られてはないけれど、まさかマーちゃんが言ってたことが少し当たるなんて)
──これは決闘でもするつもりなのか。それなら何故? どうして今?
ルピナスは分からず、不安の表情が姿を表すと、キースはそんなルピナスに向かって小さく笑って見せた。
「悪い、説明が足りなかったな。以前稽古付けてほしいと言っていただろ? だから今からどうかと思ってな」
「そ、そうだったのですね! 安心しました……」
「安心?」
ぽかんとしたキースだったが、ルピナスが構わないならすぐに始めようと木刀を構えたので、ルピナスもそれに続く。
二人きりの訓練場は夜ということもあってか、普段ではあり得ないほどの静けさを孕んでいた。
「どこからでも良い。好きに仕掛けてくれて構わない」
「はい。……参ります」
ザッ……と足を踏み込む音さえ、この静寂にはよく響く。
せっかくキースが稽古をつけてくれるのならば全力で挑みたいと、ルピナスは全意識を木刀と眼の前のキースに注ぎ、剣を振りかぶった。
「……ま、参りました……ハァッ……もう、腕が上がりません……足も、力が入りません……キース様……強すぎ、です」
──そして、結果は惨敗だった。
ルピナスの如何なる剣技もいなされ、ときには躱され、目ぼしいチャンスは何度かあるだけだった。
いくら子爵令嬢のルピナスの身体とはいえ、まさかここまで実力差があるとは思っていなかったルピナスは大の字に倒れながら、浅い呼吸を繰り返す。
「まあ、これでも騎士団長だからな。それに、誰かさんより強くないと結婚──」
「も、もうそれは分かりました……っ! ハァ……ッ」
呼吸のせいで胸が上下に動く中、ルピナスはゆっくりと近づいて来るキースを目で追う。
ルピナスの真横で片膝をついたキースは丁寧に木刀を地面に置くと、片手をルピナスの顔の横について顔をずいと近づける。
突然の至近距離に、ルピナスは一瞬息が止まりそうになった。
「……少しは、スッキリしたか? 伯父上のことを、ずっと考えていたんだろう?」
読了ありがとうございました。
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