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第三十五話 セリオンの思惑

 

 セリオンのアイスブルーの瞳には、一切揺らぎがない。

 動揺の欠片もないはっきりとした口調も相まって、適当に言っているわけではないことは確かだった。


(どうして……どうして気付いたの……)


 思い返しても、セリオンの前で簡単にバレてしまうほどのことをしてしまった覚えはない。それに以前会ったのも、ごく短時間だったというのに。


「ふふ、どうして気付いたのは分からないって顔をしている。……まあ、それもそうだね。けどその話をする前に、一度抱き締めさせて」

「えっ」


 セリオンに手首をギュッと掴まれ、ルピナスはダイブする形でセリオンの腕の中に収まる。

 仲の良い友からの抱擁だと思えば、別に拒絶しなくても構わないというのに、何故かルピナスは身動いだ。


「セリオン様っ、離してください……!」

「……フィオリナ……十八年、十八年ずっと待ったんだ。……もう少しだけこうさせておくれ」


 抱き締めてくる力強さとは裏腹に、泣いているのかと勘違いしそうになるほどか細いセリオンの声に、ルピナスはこれ以上何も言えなかった。


(待ってたって、どういうこと……?)


 困惑を浮かべると、耳元でセリオンが問いかけた。


「──因みに、いつ記憶を思い出したんだい?」

「え……王都に来て、キース様にお会いしたときです……」

「そうか」


(どうしてそんなことを聞くの……?)


 そう、ルピナスが疑問を口にしようとしたときだった。


「ルピナス……!」

「……!? キース様……っ!」


 背後から現れ、セリオンを引き剥がしてくれたのは、肩で息をするキースだった。

 セリオンとの間に割るように入るキースの広い背中を見て、ルピナスは無意識にホッと安堵する。


「ルピナス、大丈夫か? 遅くなって済まない」

「キース様はどうしてここに……」

「マーチスの野郎が──」


 そこで、キースは事の顛末を簡単に説明してくれた。


 どうやらルピナスの予想通り、セリオンからの手紙は手違いでマーチスに渡ってしまっていたらしい。

 そのことを今朝気が付いたマーチスは、気付くのが遅いとキースに怒られるかもしれないからと、こっそりと団長室の執務用のテーブルに置いたらしいのだ。


 キースが手紙の存在に気が付き、すぐさま部屋を出た直後、挙動不審なマーチスにそのことを打ち明けられたのがつい先程である。


 そして既に騎士団塔に入っているかもしれないセリオンが、ルピナスと二人きりで接触しているのではないかと思い、急いで探し回ってくれたとのことだった。


「申し訳ありません……そんなに走って探してくださったなんて」

「いや、ルピナスが謝ることじゃない。俺がルピナスと王弟殿下を二人きりしたくなかっただけだ」

「……っ」


 突然の言葉に、ルピナスの頬はぽっと赤く染まる。


 すると、セリオンがおもむろに口を開いた。


「……やあ、キース。今日は私用だから伯父上で構わないよ。それにしても、来るのが早いな。さながらヒーローのようだ。……昔は泣いてばかりで、フィオリナに守ってもらってばかりだったのにね」


 そう言って、セリオンはそろりとキースの斜め背後にいるルピナスに視線を移す。

 セリオンの行動と、その視線の意味に気が付かないほど、キースは鈍感ではなかった。


「伯父上……貴方、まさか……」

「やはりその様子だと、既にキースも気付いていたのだろう? 彼女がフィオリナの生まれ変わりだと」

「………………」

「無言は肯定と取るよ。……さて、フィオリナ」


 昔と変わらない優しい声色に、優しい笑顔。誰でも惹きつけてしまいそうな魅力的なセリオンは、何度も『フィオリナ』と、前世の名前を呼ぶ。


 ルピナスはキースの横に並ぶように一歩前に踏み出すと、セリオンの言葉を待った。


「どうして私が、君がフィオリナだと分かったか、教えてあげようか」

「……その前に、一言宜しいでしょうか」

「ああ、構わないよ」


 ルピナスは今、子爵令嬢だ。貴族なら貴族らしい挨拶をしなければと、優雅に頭を下げた。


「セリオン様、お久しぶりでございます。フィオリナです。またお会いできたこと、そして貴方様が息災であられること、大変嬉しく思っております」

「…………」


 すっと顔を上げ、何も言わないセリオンの表情をちらりと伺う。

 平民だったフィオリナのときとは所作が違うからか、少し驚いているようにルピナスには感じた。


「ああ、私も再び会うことが出来て嬉しいよ。先程のことは許してくれるかい? あまりにも再会が嬉しくて感極まってしまってね」

「はい。もちろんでございます」

「……はは、それにそんなに畏まって話さなくても良い。昔みたいに、もう少し砕けて話してくれ」

「……それは……」


 フィオリナではなくルピナスとなった今、王族というものがどれだけ高貴な存在なのかを知ってしまった。それにもう、前世のように友という存在でもない。


 しかし、目の前のセリオンは先程から『フィオリナ』に対して話しているように見える。

 いくら生まれ変わったとはいえ、フィオリナを懐かしんでくれているのだろうと、ルピナスはその思いに応えることにした。


「ではお言葉に甘えますね。それでセリオン様は、どうして私がフィオリナだと気付いたんですか? 理由が思い当たらなくて」

「……フィオリナがボロを出したとしたら、気合を入れるために両頬を叩いたことくらいかな。昔から良くしていただろう?」


 確かにその仕草は良くするので、ついセリオンの前でもやっていたかもしれない。

 しかし、そんなに珍しい仕草でもないだろう。

 それだけでフィオリナの生まれ変わりだと確信を持つとは思えず、ルピナスの表情は僅かに曇る。


 キースの表情も、概ねルピナスと同じだった。


「まあまあ、まだ話は途中だよ。さっき言ったことはきっかけさ。ほら、キースがやけに君を大事にしていたから、もしかしたらと思ったんだ。キースがフィオリナのことを一途に想っていたことを、私は知っていたからね」

「………………」


(嘘はついていないと思う……けれど、どうにもしっくり来ない)


 生まれ変わり、しかも前世の記憶を持ってだなんて、そう簡単に思い浮かぶものではない。


 セリオンの説明に納得出来ないルピナスだったが、立場上、これ以上踏み込むことも良くはないだろうか、と口を噤む。


 すると、キースも同じように感じたのか、ルピナスの代わりに口を開いた。


「……まだ話すことがあるのでは」

「……ああ。本題はここからだよ。──私が魔術師だと言えば、分かるかい?」

「……魔術師……魔法……。…………!」


 そこでルピナスは、改めて言葉に出したことで、とある言葉が頭に浮かんだ。



「……まさか、転生魔法を……?」



 ルピナスは、その魔法を前世で一度だけ聞いたことがあった。

 死者の身体に膨大な魔術を注ぐことで、新たな命として生まれ変わる、転生魔法。嘘か真か、前世の記憶も引き継ぐという。

 しかし、この転生魔法にはリスクがある。魔法使用者には、死者が生きていた頃に受けた痛みの数十倍の痛みを数ヶ月単位で味わい続けるのだ。


「そうか。知っているなら話は早い」

「……伯父上、フィオリナの死体を預かったのはまさかこのために……? だから貴方は十八年前──フィオリナが亡くなった直後から一年ほど、魔術師団を離れていたのですか……?」

「ああ、全てそのとおりだよ。私が転生魔法を使って、フィオリナを生まれ変わらせたんだ。自然な輪廻転生を待っていたんじゃあ、私が生きている間にフィオリナが生まれ変わる保証はなかったし、前世の記憶も引き継ぐこともないだろうしね」


 ルピナスは、カクンと膝から崩れ落ちた。


 平然としているが、おそらくセリオンは過去に死よりも辛いような痛みを数ヶ月も味わったはずなのだ。

 フィオリナを、生まれ変わらせるために。


「どうして、なんですか。セリオン様、どうしてそんなこと……っ」


 いくら仲が良かったとはいえ、友人にすることとは思えない。

 意味が分からないと、ルピナスは頭を抱えた。


「……どうして、か。……それは今はまだ、言わないでおこうか。とにかく汚れてしまうから、ほら、掴まりなさい」


 前世の変わらない優しい声、穏やかな笑顔、当たり前のように差し出される手。

 けれど、ルピナスはその手を掴むことは出来なかった。


 見兼ねたキースがルピナスの手首を引いて立たせると、セリオンの瞳にほんの少しだけ影が差す。


「まあ、けれど一言言っておこうか」


 キースとルピナスを見つめるセリオンの声は、何処となく儚い。肌を刺すほどに痛くて強い風が、ひゅるりと吹いた。



「フィオリナ、──だなんて、もう言うつもりはないからね」


「え──?」


 強風によって聞こえなかったセリオンの言葉を、頭の中がぐちゃぐちゃになっているルピナスは聞き返す余裕がなかった。


 しかしキースだけは、セリオンの声が微かに聞こえていたようで、奥歯をギリと噛み締めたのだった。




 〜第一章 完〜

読了ありがとうございました。

無事一章完結出来たのは皆様の応援のおかげです!

少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!


二章は1月4日から連載いたします!

皆様良いお年を!

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