第三十三話 想い人の来訪者
もう少しで第一章が終わります。皆様のお陰でここまで書いて来られました……ありがとうございます!
団長室で休憩させてもらった(精神はある意味どっと疲れたが)ルピナスは、騎士団塔名物、廊下掃除を始めようと、雑巾とバケツを手に持って歩いていた。
コニーや他の新人騎士は厩舎や食堂、建物外の庭の掃き掃除などをしていて、終わり次第ルピナスを手伝いに来てくれる予定である。
「さて、休憩させてもらった分も頑張りますか!」
意気込んだルピナスは、雑巾を硬く絞って四つん這いになって拭いていく。
軽快に拭き進めていくと、スッと自身の手元に影が出来たので、ルピナスはコニーたちが来てくれたのかと立ち上がった、のだが。
「ルピナス様お久しぶりです! 本日はお天気が良くて、ってそんなことはどうでも良くてですね……!?」
渡り廊下の近く、ぐわっと肩を掴まれたルピナスは、突然のことに瞬きを繰り返した。
「アイリーン様こんにちは……! お、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられますか……!? 私の耳……というか、ここ王宮内では広まっていますわよ!? 『氷の騎士様』の氷を溶かしたのはルピナス様だって!」
「なっ、何ですかそれは」
アイリーン曰く、キースがルピナスに求婚まがいのことをしているということが、ここ騎士団塔だけでなく、王宮内にまで広がっているらしい。
確かに、キースは仕事中は別にしても、休憩中や仕事外のときは、所構わずルピナスに愛の言葉を囁いていた。
流石に人が居るときは過度な接触や過剰な発言はしないものの、好意を持っていることは明らかだっただろう。
最近では、第一騎士団の団員たちはそんな光景に慣れてきたようで、過剰な反応をされることは無くなってきたが、その他の人たちにはジロジロと見られた気もする、とルピナスは思いを馳せる。
(考えればそうよね。誰も私がフィオリナだなんて知らないわけだし。誰かを一途に思っていたキース様が急に私に好意を示したら、まあ注目もされるよね。しかもキース様、かなり女性に人気らしいし……)
そりゃあ、アイリーンの反応はもっともだなぁと思いつつ、仕事中ということもあって、ルピナスはアイリーンに「声は抑えてください……! ね?」と小さな声で伝える。
アイリーンは落ち着きを取り戻したのか、「ゔ、ゔん!」と咳払いをした。
「それで、お二人はいつからご婚約を? って、私ったら、まずはおめでとうございます、ですわね」
「ちちちちち、ちょっとお待ち下さいアイリーン様。私とキース様はただの上官と部下で、そんな大層な間柄ではないのです」
「えっ? ──えっ!?」
「アイリーン様、声……! 大きいです……!」
人差し指を口元に持っていき、しーっと静かにするようにアピールすると、アイリーンはハッとして両手で口を覆い隠す。
「ご、ごめんなさいルピナス様……もう結婚も秒読みなのかと……。つまり、こういうことですか? ハーベスティア公爵令息様がルピナス様に片思いをしているだけで、二人は恋人同士でさえない、と……?」
こうも面と向かってそう言われると気まずい気持ちになるけれど、ルピナスはコクリと頷いた。
「平たく言えば……そういうことでしょうか……」
「きゃーー!! それはそれで素敵ーー!! 愛する人に振り向いてもらうために惜しげもなく愛を囁くなんて、私もされてみたいですわーー!!! ぎゃーー!!!」
「アイリーン様声ぇ……!!」
「ハッ、私としたことが……失礼しましたわ」と言いながら、鼻息をフーフーと荒くして興奮が抑えられないアイリーン。
ときおり興奮することがあることは知っていたが、今日は特段に凄い気がする。女性が恋愛話に花を咲かせるのは、前世でも今世でも大きくは変わらないらしい。
(にしても、話題が私とキース様なんて……前世では考えられなかったな……)
それからルピナスは、アイリーンに様々な質問攻めをされることになる。
キースにどこが好きだと言われたのか、どの程度の頻度で愛の言葉を囁かれるのか、デートはしたのか、ルピナスは気持ちに応じるつもりはないのか。恥ずかしげもなく、キラキラとした瞳で。
「えっと、それは、ですね……」
友人だから話したい気持ちはあるものの、気恥ずかしいという気持ちの方が強い。
何より口に出すことで、よりキースのことを意識してしまいそうなので、それは憚られた。
だからルピナスは、なんの脈絡もなしに話の中心をアイリーンに変えることにしたのである。
「そういえばアイリーン様には好きな方がいらっしゃるのですよね?」
「……ま、まあ! ルピナス様ってば覚えていらっしゃったのですか?」
「ええ、もちろんです。友人であるアイリーン様のことですもの」
「ルピナス様……! 好きっ……!」
「私もです」なんて言いながら見つめ合うと、ルピナスもついついつられて微笑む。
話が逸れたことももちろん嬉しかったが、好きだと言ってくれる女友だち──アイリーンの存在が嬉しかったから。
アイリーンは「無謀だと笑わないでくださいね……?」と前置きすると、もじもじと指を触ってから、ルピナスの耳元にそっと顔を近付けた。
「私の好きな方の名前は──」
──そしてそれは、アイリーンが好きな人の名前を打ち明けようとしたときだった。
「ルピナス嬢?」
「セ……王弟殿下、どうしてここに……。お、お久しぶりでございます……」
突然現れたセリオンに、ルピナスはすかさず頭を下げて、通路の端に寄る。
しかしそこでルピナスは、はたと気づいた。
(アイリーン様が、固まっていらっしゃる……!)
いくら伯爵家の人間とはいえ、いきなり王族を前にしては緊張で身体が動かないのかもしれない。
セリオンは寛容な人間なので、挨拶をしなかったと言って不敬だとは言われないだろうが、このままではアイリーンの面子に関わってしまうやもと危惧したルピナスは、そっとアイリーンの手首を掴んで、通路の端に移動させた。
そしてそのとき、ルピナスはアイリーンの瞳を見てぎょっとすることになる。
(目、目がハートになっている……! アイリーン様の好きな方って、セリオン様だったの……!?)
読了ありがとうございました。
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