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第三十二話 抱き締めた思い出の日記

 

 御前試合からちょうど二週間が経った頃、ようやくルピナスは騎士見習いとして完全に復帰することができた。

 御前試合の二日後から見習い騎士としての仕事は再開したのだが、キースの計らいと団員たちの協力により、足に負担がかかるような持ち場を変わってもらったおかげだろう。


 迷惑をかけてしまったことは申し訳ないと思いつつも、その分これからはしっかり働こうと意気込んだ、のだが。


「キース様、失礼いたします」

「ルピナス、よく来たな」


 完全復帰から三日目、ルピナスは突然団長室に呼び出された。

 当人のキースは、ルピナスが現れると分かりやすく頬を緩め、ソファに座るよう促した。


「あの、それで御用とは何でしょう?」

「新しい茶葉が手に入ったから、一緒に飲もう」

「ありがとうございます……ではなく! あの、キース様? 私はまだ仕事が残っておりまして、ご要件を仰っていただけるとありがたいのですが」

「ああ。だから俺と一緒にお茶を飲むことだ」


 しれっと言うキースに、「はい……?」というルピナスの間抜けな声が漏れる。


 つまりそれはサボり、なのではないかとルピナスは思うものの、流石にそこまではっきりとは言うことができず。


「これも何かの仕事で……?」

「そうだ。休憩という名の仕事だ。足が治ったからと言って働き過ぎだと団員たちから話は聞いている。だから無理やり休ませるために呼んだ」

「……えっ」


(確かに根詰めてはいたけど、私だけ休憩なんて悪い……)


 と思ったものの、特にコニーには無理し過ぎだよと口酸っぱく言われていたことを思い出し、ルピナスは有り難く休憩させてもらおうと肩の力を抜く。

 そして慣れた所作で紅茶を入れるキースを視界に捉えると、同時に執務用のテーブルの上にとある本のようなものが置かれていることに気が付いた。


 何やら見覚えのある水色のそれに、もしかして……と、ルピナスは立ち上がって、執務用のテーブルの前に行くと。


「キース様、これって……」

「ああ、そうだ。君が書いた日記だ」

「わあ……懐かしいです……!」


 キースは紅茶を淹れ終わると、ローテーブルにカップを二つ置いてから、ゆっくりとルピナスに近付く。

 そしてルピナスを囲うように背後からテーブルに手を付けば、すっぽりと収まる彼女に、口角を僅かに上げる。

 ルピナスは咄嗟のことで「えっ!?」と素っ頓狂な声を上げると、日記を手にしたまま、くるりと振り向いた。


「それは俺の宝物だ。というか、ルピナスに関するものは全て宝物だ」

「……っ、そ、そうなんですね……? というかキース様、少し、いえ、かなり近くないですか?」


 振り向いてしまったせいとも言うべきか、ルピナスは背後にテーブル、目の前にはキース、自身を包み込むようにして鍛えられた腕が伸ばされ、逃げ道を塞がれた状態だった。

 そんな体勢で、頭一つ分以上優に高いキースに優しく微笑まれ、ぐいと顔を寄せられれば、ルピナスはそっと目を逸らす。

 無意識に、日記をギュッと抱き締めた。


「日記じゃなくて、俺に抱き着けば良いのに」

「っ、な、何を」

「……なあ、ルピナス、好きだ。早く俺のこと好きになって」

「〜〜っ!」


 耳元で囁かれ、ルピナスの身体は小さく跳ねる。


 幼かった頃は好きだと言っても全く相手にしてもらえなかったのだ。だからキースは、そんな反応がたまらなく嬉しい。


「好きだ。ルピナスじゃないと、嫌だ」

「……っ、キース様、そういうこと、毎日、言ってるじゃないですか……! もう少し抑えてください……! 身が持ちません!」

「……嫌だ。もっともっと、俺のことを意識すれば良い。それに昔、言っただろ? 覚えてないのか?」


(……言った……? 何を……?)


 キョトンと固まるルピナスに、キースは一切ルピナスから目線を逸らさず口を開いた。


「君が鈍感なのは分かってるから、俺が結婚できる歳になったら毎日好きだと伝えるようにする、と」

「……!?」

「鈍感なルピナスには毎日伝えるくらいでちょうど良い。身が持たないなら、さっさと俺に惚れることだな」

「そ、そ、それは……っ」

「……まあ、だとしても毎日好きだと伝えると思うが」


 悪びれる様子なんてなく、かと言って意地悪で言っている感じもしない。

 本当に本気で、想いを伝えようとしているのがひしひしと伝わってくる。


 ルピナスは煩いほどの胸の高鳴りに、キース以外のことなんて考えられなかった。


(こんなのが毎日なんて、そんなの、絶対……っ)


 数日前までは弟のように思っていたというのに、一体どうしたら良いのだろう。

 もうどうしたって男の人にしか見えず、砂糖よりもずっとずっと甘い言葉を吐いてくるキースに、ルピナスは誤魔化すように「あはは」と乾いた笑みを零した。


 ──砂糖漬けのように甘ったるいほどのキースの愛情に、信じられない速度で侵食されていく自身の心。


 こんなふうに誤魔化すことは直ぐに出来なくなるのだろうと、頭の片隅で分かってしまうからこそ、ルピナスの胸はきゅうっと音を立てた。



 ◇◇◇



 ルピナスが団長室から出て行ってから、キースは愛おしそうに日記を指でなぞる。

 どんなに悲しいときでも、苦しいときでも、フィオリナの形見が、この日記があるから頑張ってこられたところが大きい。

 どれだけフィオリナとの記憶が頭に残っていようとも、悲しいことに少しずつ記憶は薄れていってしまうから、この日記の存在には本当に助けられた。


「……ん? 何だこれは」


 しかしそんなとき、執務用のテーブルの上に見慣れない手紙があることに気が付いたキースは、それをそっと手に取った。

 差出人を確認すると、分かりやすく眉を顰める。

それでも見ないという選択肢はないので、ナイフで開封して中を確認した。


「──は? 今日来るだと?」


 キースはその手紙をバン、とテーブルに置いてから、急ぎの仕事がないかどうかの確認を済ませ、早急に部屋を出たのだった。

読了ありがとうございました。

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