第三十一話 騎士団長様に春到来か?
キースの発言には驚いたものだ。
しかしそれは一瞬で、ルピナスはすぐさま、「あははっ」と頬を緩める。
「それは有り得ないと思います。キース様にもついさっきまでバレなかった訳ですし」
「……それは、そうだが」
前世では二年間、キースはずっとフィオリナと一緒にいた。
今世でも、ルピナスが見習い騎士になってからキースとは関わることが多かったし、実際のところ、フィオリナを連想させるような言動をしてしまったことも記憶に新しい。
しかし、セリオンは違う。
確かに前世では仲は良かったし、冗談で求婚されるような間柄ではあった。任務の際に一夜を共に過ごすこともあるにはあるが、キースのように四六時中側にいたことなんてない。
それにルピナスとしても会ったのは昨日の一度だけ。ほんのひとときだけだ。
もしもフィオリナを連想するような言動があったとしても、それだけでルピナスがフィオリナの生まれ変わりだなんて思うほうがおかしいだろう。
「それに、フィオリナが亡くなってもう十八年経ちます。きっとセリオン様も、私のことなどお忘れになっていますよ」
「…………そうだと良いがな」
「……?」
考えるように腕組みをしながら、低い声で呟いたキースの真意は、ルピナスには分からなかった。
◇◇◇
午前中の間、ルピナスはキースと離れていた時間を埋めるように様々なことを話した。
事ある毎にキースが甘ったるい雰囲気を出して来ることに戸惑いながらも、これも二人きりのときだけなら慣れるしかないだろうと、そう思っていたというのに。
「ねぇ、ちょっとこれはどういうことかしら……?」
夜になり、二日酔いでもしっかりと巡回任務を終えて騎士団塔に戻ってきたマーチスの声が食堂内で響き渡る。
団員たちが見てはいけないものを見るような目をしていたり、テーブルに顔を伏せていたり、団員同士で肩を組んで何やら嬉しそうに語り合っていたり、中には涙を拭っている者もいる。
流石に昨夜の酒は抜けたはずなので、酔っ払っているわけではないだろう。
──それなら、これは何なのか。
そんなマーチスの疑問に答えたのは、夕食を作り終えて、今から自身も食事にありつこうとしていたコニーだった。
「お疲れ様です。副団……じゃなかった。マーちゃん、あれを見てください」
「ん? あれぇ?」
コニーが指す先に、マーチスはそろりと視線を移す。
そしてそこには、考えもしなかった光景が広がっていたのだった。
「ルピナス、食べる姿も美しいな。ずっと見ていたくなる」
「少々見すぎでは……?」
「ああ、悪い。食べづらいな。食事が終わってからまたじっくり見ることにしよう」
「ち……違います……そういうことではありません……!」
「あ、あらあら、まあまあ〜〜!!!!」
食事を摂るルピナスの隣に座り、その姿をじいっと見つめるキース。
二人が隣に座ることは度々あったものの、こんなふうに寄り添うように、そして甘い言葉を恥ずかしげもなく吐くようなことはなかった。どちらもキースが一方的にしているが。
マーチスは視界に収めた二人の姿に、こう言わずにはいられなかった。
「雪解けよぉぉ!! 氷の騎士様に春がやってきたのよぉ!!」
「「うぉーー!!」」
くねくねと変な踊りをしながら叫ぶマーチスに、団員たちの一部が呼応する。主に肩を組んでいた者たちである。
貴族界隈では、キースがとある女性を一途に想うばかりで他の女性に冷たいことが知れ渡っていたが、第一騎士団では、そんなキースの未来を心配するものが少なからずいたのだ。
公爵家の次男で騎士団長、眉目秀麗でこんなに一途に愛しているのに報われないとなると、その恋はもう叶わないのだろうと。
特にキースの旧友でもあるマーチスは、その心配が大きかっただけに、喜びは大きかった。
「さぁて! 昨日に続いて今日もお祭り騒ぎよぉ!! 祝! キースの──ぶへぇっ!?」
しかし、マーチスの言葉が最後まで紡がれることはなかった。
マーチスの目の前に現れたキースの拳が、マーチスの頭に大きなたんこぶを作ったからである。
「あああマーちゃん……!!」
「だ、大丈夫よコニー……こんなもの、ただの照れ隠しじゃないのぉ……ふふぅ……ルピちゃんがキースの恋人になってくれたんだから、これくらい──」
「違う。俺の片思いだ」
「……あ、あらぁ? あたし、耳が遠くなったのかしら?」
マーチスはキースの発言が信じられないのか、「にゃははははは!」と高笑いをしてから、キースの頬をツンツンと人差し指で突く。
しかしその指は瞬く間に手刀打ちではたき落とされると、キースのいつもと変わらない冷たい瞳がマーチスを捉えた。
「俺が勝手にルピナスを好きなだけだ。好き勝手叫ぶな」
「なっ、なんですってぇぇぇ!? まぁた片思いですってぇぇぇ!?」
「煩い。これからじっくり口説くつもりだから邪魔するなよ。……お前たちも、人ばかり見てないでさっさと食って明日に備えろ」
「そ、そうよねぇ。これから口説けば……って、も流されなぃわよぉぉ!! 詳しく話しなさいよおおぉ!!」
そうやってマーチスはくわっとキースに言い寄るが、いつものことながらキースに首根っこを掴まれて食堂の外にポイッと捨てられる。
毎回ルピナスは思っているが、今回は特に可哀想だと思わずにはいられなかった。
(マーちゃん、そうよね。気になるよね。……というか、キース様……)
口説くとは言われていたし、キースの気持ちが半端なものだなんてことは思ってはいなかった。
しかし、まさか団員たちの前でも二人きりのときと変わらず口説かれるだなんて思っても見なかったルピナスは、視界の端に映るキースの顔をまともに見ることはできなかった。
その後、仕事があるからとキースが先に食堂を出ていったことを見計らって、団員たちがどうしてこうなったのかとルピナスに質問をぶつけたのは言うまでもない。
唯一「個人の恋愛のことはあんまり聞かないほうが……」と助け舟を出してくれたコニーに、ルピナスは一生頭が上がらないと思ったのだった。
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作者、コロナから無事復帰しました! 今後ともよろしくお願いいたします。