第三話 それはまるで、頭を殴られたような衝撃
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遡ること一時間前、王都まであともう少しの道のりだという頃、ルピナスは「さてと」吐息交じりに呟いて、深く息を吐き出した。
数える程度しか家を出たことがないルピナスは今の今まで馬車の外の景色に夢中になっていたが、ようやく見飽きたのか、現実に目を向けなければと思ったのだ。
「まずは何においても、働く場所を探さなきゃ。お金もないし……今日中に住み込みの勤め先を見つけないと野宿だわ……流石にそれは避けたいわね」
流石に野宿の経験はないルピナスは、最悪の事態を想像してぶんぶんと頭を振る。
フカフカのベッドなんて求めていないけれど、最低限雨風が凌げるところで一夜を過ごしたいのが本音だった。
「何かお金になるようなものを持ち出せたら良かったけれど……昨日に限ってレーナは見張りみたいにずっと近くにいて意地悪を言ってくるし……もう……前途多難だわ」
とにかく、野宿が嫌ということは然ることながら、勘当されたも同然のルピナスはこれから見知らぬ土地で生きていかなければいけないのだ。
王都は人が集まる場所──つまり仕事なんて腐るほどあるだろうが、身寄りのないルピナスが好条件の職場に迎えられる可能性は低い。きっと実家とはまた違った苦労だってあるのだろう。
「うん、だけど、生きていくためだもの。……それに、あのまま家にいるよりきっとマシよね。……そうよね」
自身を鼓舞するように、「大丈夫」「どうにかなる」「頑張ろう」とボソボソと呟いたルピナスは、馬車が停まったことで、ようやく目的地に着いたことを理解した。
馭者曰く、他国にも行けるほどの金銭を、レギンレイヴ家から先払いでもらっているらしい。
(何だか最後の最後に、家族らしいことをしてもらった気分だわ。……まあ、レギンレイヴ領内で私が野垂れ死んだら面倒だからだろうけど)
そう思うと、ほんの少しだけ胸がチクリと痛む。
(って、だめだめ。別に落ち込む必要はないわ。そんな暇もないし……)
うんうん、とそう自身に言い聞かせたルピナスは、初めての王都に一歩を踏み出した。
流行最先端の店、賑わいのある露店、明らかに貴族のお忍びだろうという雰囲気の恋人たちに、楽しそうに笑う家族たち。
ほとんど家を出してもらえていなかったルピナスはそれら全てに圧倒されるが、今日から私もここで働くのだから! と落ち着きを取り戻す。
観光をしたい気持ちは溢れてくるが、まずはどんな仕事があるのだろうかと辺りを見渡した。
──すると、そんなときだった。
思わず肩をビクつかせてしまうような女性の甲高い叫び声と、聞いたことがない獰猛な鳴き声に、ルピナスはその声の方向へと振り向いたのだった。
「なっ、何なの今の……!」
人集りの隙間から見える赤は、間違いなく血だ。多量の血を流した人物が、地面に倒れている。
元から赤い服だったのかと思わせるほど、白い服が赤色に染まっている光景を、ルピナスは初めて見た。
(なに…っ、事件……? ここから離れないと……!)
しかし、そう思うのはルピナスだけではないようで、叫び声や慌てふためく姿、人集りの隙間から見えた倒れた人物に、人々は一目散に走り出す。
何が起こっているのかは明確には理解できていなかったルピナスだったが、ここに居てはまずいかもしれないと、人の波に続いて逃げ出そうとした。しかし。
「……っ! いた……っ」
我先にと逃げ出す人々の勢いに押され、ルピナスは倒れてしまう。
人々はそんなルピナスに構うことなく、その場から逃げ出すと、開けた視界に捉えたのは、噂程度にしか聞いたことがない魔物そのものだった。
「……ど、どうして街に……っ、普段は森にいるんじゃ……」
鋭い爪とくちばしを持ち、通常の鷲の三倍は大きいと思われる魔物の爪先からは、ポタポタと赤い血が落ちている。
おそらく、倒れている人間を襲ったときのものだろう。
容易に想像ができたルピナスは、その魔物の凶暴さに体が震え、思うように身体が動かなかった。
「……っ、あ……」
その代わりに、恐怖が込み上げて漏れた声に、ルピナスはすぐさま後悔することになる。
敏感にその声を察知した魔物が、ギロリとルピナスに鋭い眼光を向けたからだった。
(こっちを見たわ……っ、まずい、逃げなきゃ……! でも身体が……! いや……死にたくない……!)
ルピナスの今までの人生を思い返せば、生まれつきの傷のせいで虐げられてきたことばかりが浮かぶ。充実した、楽しい人生では決してなかった。
けれど、ラーニャと出会えた。淑女としての教育を学べた。使用人の仕事が身に付いた。すぐに破棄されてしまったけれど、一度は婚約をすることができた。
初めて王都に来て、見たことがないものばかりを目にして、不安も多かったけれど、幸せそうにする人々を見て、新たな生活にほんの少しだけ期待だって持った。
だからだろうか。ルピナスは死にたくないと願い、フラフラになりながらも立ち上がる。
今すぐ泣き叫びたいほどの恐怖を抱えながら、じいっと魔物を睨みつけた。
「……! あれ、は……」
すると、魔物より奥の方に、人影が見える。
髪型や体格からして男性だろうか。魔物に向かって走ってきているのだ。
服装は倒れている男性と同じもので、おそらくこの二人は何かしらの知り合いではあるのだろうと理解した。──その瞬間。
「……うっ、いいっ……! な、に、これ……っ」
まるで鈍器で殴られたかのような痛みが、頭の中心まで響いた。
視界がグラグラと揺れ、恐怖と痛みで立っているのがやっとだ。
その直後、ルピナスの頭の中には、誰のものか分からない膨大な量の記憶が流れ込んで来るのだった。
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