第二十九話 何度でも君だけを好きになる
(そんな、嘘、でしょ……?)
キースの言葉をそのまま受け取るのならば、それは前世のフィオリナだけでなく、ルピナス自身も好きだと言っているように聞こえる。
傷物令嬢だと揶揄される、騎士見習いのルピナスのことをだ。
──いや、そんなはずはない、勘違いだ。ルピナスはそう思ったけれど、口になんて出来なかった。
キースの熱を帯びたグレーの瞳が、ルピナスのことを大好きでしょうがないと告げているのが、嫌でも分かってしまったから。
「……っ、その、またもや突然のことで頭が追いつかない、と言いますか。それに私は今、フィオリナではなくルピナスで──」
「もちろん分かっている。……だが、信じてほしい。俺はフィオリナしか愛する気はないと言っておきながら、君が前世のフィオリナだと分かる前から、惹かれ始めていた」
「自分自身でも怖くなるくらいに」と、そう言ってキースは、ルピナスの肩に落ちたハニーブラウンの髪の毛を一束掬う。
今思えば、確かにキースは始めからルピナスに優しかった。
何かと気にかけてくれて、剣技の腕を信じてくれて、心配してくれて、外に連れて行ってくれて、甘い言葉だって囁かれた。
誰にでもそんなことをする人が、『氷の騎士様』だなんて呼ばれるはずはないのだ。
(前世の私も今世の私も、本当に好きなんだって思ってくれているのが分かる……嬉しい、けれど)
そんなキースに対して、自分も真摯に答えなければと、ルピナスは口を開く。
「お気持ちは、とても嬉しいです。けれど、私の中のキース様はまだ子供の姿で止まっている部分もあって……恋愛経験もないですし、その、そういう目で見ていなかったと言いますか……」
ああ、恥ずかしい。キースに聞こえてしまうのではないかというくらいに心臓が激しく鼓動し、前世でも今世でも恋愛の『れ』の字も知らなかった自分にルピナスは後悔した。
だってこんなの、心臓がもちそうにない。
すると、キースは嬉しそうに、蕩けるような笑顔を向ける。
「……謝らないでくれ。分かってもらえたなら、一先ずそれで良い。始めから長期戦は覚悟している。だが、もう一度だけ言っておく。──ルピナス、好きだ。一人の男として、君を愛している。結局俺は、何度でも君を好きになるんだろうな」
「……っ」
(そういえば、以前キース様に抱き締められたときも、こんなふうにドキドキしたっけ)
あのときは試合前で気持ちが高揚していたからだと思っていたルピナスだったが、今は、間違いなくキース自身にドキドキさせられていると認めるしかない。
「ルピナス、これからは俺のことを男として見てくれないか」
だから、縋るような瞳でこんなことを言われたら、頷く他なかった。
「……っ、はい。分かりました。善処いたします」
「ありがとう。なら俺は、好きになってもらえるように努力をしよう」
「〜〜っ」
ちゅ、とキースに掬い上げられたルピナスの髪の毛に口づけが落とされる。
ルピナスはカアっと顔を紅潮させると、恥ずかしさに耐えきれずにキースから視線を逸らした。
(……何だか知らない男の人みたい)
ルピナスが内心そんなことを考えていると、キースがおもむろに口を開く。
「──というより、必ず好きにさせる」
「えっ」
「ルピナス覚えてるか? 昔、最期の瞬間にした約束のこと」
何だかとんでもない発言をしたような気がしたが、ルピナスはキースの質問に意識を移した。
最期のあのときのことは、今でもはっきりと覚えている。
「幸せになってください、と」
「……ああ、そうだ。だから、さっさとルピナスが俺に惚れてくれると嬉しいんだが」
「は、はい!?」
「そんなに驚くことか?」と言いながら、薄っすらと目を細めるキース。
つまるところ、相思相愛にならないと幸せになれないと言っているわけで、ルピナスは「え!?」やら「んん!?」やら、素っ頓狂な声を上げる。
キースはそんなルピナスのペースに合わせることなく、畳み掛けるように口を開いた。
「確か、自分より強い人と結婚したいって言っていただろう? 俺ならその条件、当てはまってると思うんだが」
「あああ、あれは適当に──」
「それに昔、一緒に結婚しようって言ったら、良いよって言っただろう? それなら早く俺の奥さんになってくれ」
「!? あれは意味が違いますから!! って、待ってください! 今日は一先ず分かるだけで良いって……!」
どうやらルピナスは一杯一杯だったらしい。
顔が取れそうになるくらいにぶんぶんと頭を振るルピナスに、キースはくつくつと喉を鳴らした。
至極楽しそうに、そして愛おしそうにルピナスを見つめる。
「……っ!? キース様、からかっていますね!?」
「少しだけな。まあ、わりと本気だが。ルピナスが構わないならすぐに入籍して、妻になって欲しい」
「なっ、つつつつ、つま!?」
「ああ。……ふ、そんなに焦って、可愛いな」
それは前世を含めて、あまりにも聞き覚えのない単語だった。
ルピナスは「もう無理です!」と両手を上げて降参の意を示してから、キースに握られた手から逃げるようにして、自身の顔を両手で覆い隠す。
本当は脱兎の如く、走り出したいくらいには恥ずかしかったけれど、それをしなかったのは、きっと。
(困った……こんなふうに何度もキース様に愛を囁かれたら、心臓が死ぬ。けど、嫌じゃないから、余計に困る……!)
「くっ……! なんのこれしき……!」と独り言を言いながら恥ずかしがるルピナスを、キースは幸せそうに見つめていた。
読了ありがとうございました。
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!
皆様メリークリスマス♡