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第二十七話 答えは簡単だったのに

 

 それから、身寄りがないフィオリナの遺体は騎士団ではなくセリオンが引き取り、彼が主導して埋葬されることになった。

 立場的な問題はなく、生前、二人が親しい友人だったことは周知の事実だったので、それはすんなりと認められた。


 キースといえば、フィオリナが亡くなってから少しの間は、絶望で何もする気が起きなかった。


 父と義兄が何があったのか説明をするよう言ってきたのだが、愛する人を自分のせいで死なせてしまったキースは、当時のことを口に出すのが怖かったのだ。


『これ……フィオリナの日記……?』


 フィオリナが亡くなってちょうど一週間が経った頃、公爵邸のフィオリナの部屋で、キースはとある日記を見つけた。


(フィオリナは、何を書いたんだろう……)


 勝手に見るのは悪いと思いつつ、キースはそれをペラリと開く。


 そして所々に涙の跡でよれた日記を見て、キースの瞳から溢れ出した雫も、その日記を濡らした。


 その内容の殆どはキースがどんな目に遭ったのかが書かれており、文の最後には必ず『助けてあげられなくて悔しい』『これが役に立ったなら』『私が代わってあげられたら良いのに』『キース様を、どうやったら幸せにしてあげられるだろう』と、そんなことばかりが、書いてあったから。 


 ──ああ、泣いていちゃだめだ。フィオリナは、そんなことを望んでいない。

 キースは自身の拳で、乱雑に涙を拭う。


(……フィオリナはいざというとき、これが証拠の一つになればと思って、僕の将来を願って、泣きながらこれを書き記したんだね……)


 フィオリナはいつだって、キースの幸せを、幸せな未来を願っていた。


(ごめんね。フィオリナが居ないと、僕はやっぱり幸せにはなれないよ。けどね)


 フィオリナは命を懸けて守ってくれたのだ。自分が死ぬような状況なのに、守れて幸せなんて、愚かなほどに優しい言葉を呟いて。


 だからキースは、この命を大切に大切に生きなければと、強く思う。


(──僕、騎士になるよ。もう守ってもらうだけじゃ、嫌だから。もしもまた出会えたら、絶対に次はフィオリナを守れるくらい、強くなるから。フィオリナが僕を守ってくれたように、僕も…………そうしたら、フィオリナ……僕がそっちに行ったら、君は笑ってくれるかな)


 キースは両頬をバァン! と力強く叩いた。フィオリナがよくやっていた、気合を入れる必殺技だ。


 そうしてキースは、衣服の乱れを直して、父に今までのことを全て話した。信じてもらえないかもと不安だったことも、フィオリナがずっと支えてくれていたことも、彼女のような騎士になりたいことも。



 それからキースの母は公爵邸が所有する辺境地にある、とある一軒家で生涯を過ごすことになった。

 外に出ることは許されず、死ぬまで騎士に監視され、愛する公爵にも会うことは叶わない。もちろん、キースにもだ。


 王族の籍から除籍にしなかったのは、被害者であるキースの王位継承権まで失うことになることが理由だった。


 キースの母の専属護衛は騎士資格を剥奪され、ハーベスティア公爵邸の人々は少しずつ、平穏を取り戻していった。



 ◇◇◇



 そして、十八年後。キースは念願の騎士になり、ついには騎士団長にまで上り詰めた。


 当時フィオリナが暮らしていた部屋には、新人騎士の頃から、暇さえあれば顔を出していた。フィオリナがいたことを、少しでも感じていたかったから。


『フィオリナ、もう君が居なくなってから十八年も経った』


 窓を開け、生暖かい風を肌で受ける。まるで包み込むようなその風はフィオリナのようで、キースは独りでに泣きそうに笑った。


『あんなに泣き虫だった俺が騎士団長だなんて、フィオリナは驚いているだろうな。それとも、……凄いねって褒めてくれるだろうか』


 もしも今、フィオリナが生きていたら、同じ騎士として働いている未来があったのかもしれない。隣で、笑いかけてくれたかもしれない。


 ──そんなのは夢物語だと分かっていても、キースは毎日そんなことを考えた。

 一日だって、フィオリナを忘れたことなんてない。


 キースにとってフィオリナは、救世主であり、英雄であり、何より、心から愛した人だから。


『俺はフィオリナ以外を愛するつもりはない』


 ──君だけを愛して、君が誇りに思っていた騎士の仕事を全うして、君に褒められるような男になって、そして死んでいくから、それまで少しの間、待っていてほしい。


 死ぬまで、フィオリナだけを愛するから。


 そう、本気でキースは思っていたのだ。本気でそう思っていたのに。



 あの日、ルピナスとの出会いが、キースの運命を大きく変えた。


『私が魔物をどうにかします! 貴方は倒れている人を連れて距離を取ってください!』


 華奢な体でそう叫んで、鮮やかな剣技で魔物を倒した少女──ルピナス。

 自身の身体を晒すことに一切の躊躇なく、怪我をした団員の治療に当たるルピナスに、キースはフィオリナがいなくなってから初めて、異性に興味を持った。


『あの、もう毎日辛い思いをして泣いたりは──』 


 出会って直ぐにそう尋ねられたときは、突然何を聞くのかと思った。強くて不思議な令嬢というのが、第一印象だった。


 けれど、それから見習い騎士になったルピナスのことを、何故かキースは気にかけてしまう。マーチスにからかわれたときも、しっかりとその自覚はあった。


 ──フィオリナだけを愛すると決めたのに、どうして気になるのだろう。


(俺はフィオリナだけを愛している。彼女のことは、傷物令嬢と呼ばれていることに同情して──そうだ。これは同情だ)


 そう思おうとしていたのに、入団初日、団員の一人が傷物令嬢と呼ばれていることに触れたときのルピナスに、キースは胸を打たれた。


『今はこの傷が嫌いじゃないんです。私の一部で、これが私だから』


 ──自分だったら、そんなふうに堂々としていられるだろうか。ああ、なんてルピナスは格好良いのだろう。


 キースはルピナスに憧れに近いような感情を持ち、そして無意識で目で追うようになっていく。


 そして、キースの感情を揺さぶる出来事がすぐに起こった。


『どうしても、放っておけなかったんです。一方的に傷付けられていたあの子を、一秒でも早く助けてあげたかった。もう大丈夫だよって、安心させてあげたかった。──見て見ぬふりなんて、出来ませんでした』


 ──そう、語るルピナスの真っ直ぐな声を、吸い込まれそうなほど揺らぎのない瞳を、その愚かなほどな優しさを、他の人に知られたくないと思った。


『………やっぱり、マーチスと来させないで良かった。この顔は、他者にあまり見せたくないな』

『王弟殿下は、昔から冗談がお好きなようで』

『会うときは二人きりでは会うな。出来るだけ俺を呼んでくれ』


 だからだろうか。恋人でもないのに、フィオリナだけを愛すると決めたのに、キースは嫉妬をした。


 生涯フィオリナだけを愛すると決めたのに、ずっとそう思ってきたはずなのに。

 いとも簡単にルピナスに心を奪われそうになることに、キースは恐怖に似た感情さえ芽生えたほどだった。


(もし、ルピナスがフィオリナの生まれ変わりだったなら──)


 そんな夢みたいなことも考えたけれど、直ぐ様キースは頭を振った。そんな都合の良いことは、起こるはずがないのだからと。


 そもそも、誰かに誰かを重ね合わせるなんて失礼ではないかと、そう自身に何度も何度も言い聞かせて。


 ──けれどそんなとき。

 酔い潰れて服を脱ぎかけのルピナスの左肩を、キースは見てしまったのだ。


 醜いと称されても、傷物令嬢と揶揄されても致し方ないと思うくらいには痛々しいその傷跡は、フィオリナがキースを庇ってできた傷と、あまりに酷似していた。


(まさか──)


 一度はあり得ないと思おうとしたのに、もしもの可能性が捨てきれないキースは、ルピナスに問いかける。


『ルピナス、その傷は、どうやってできた』


 生まれつきだと、そう言うに決まっていると、思っていたのに。


『この傷は、ですね……ふふ、とても大切な方をお守りしたときのもの、なのです。私にとって、誇りであり、勲章……です』

『…………その大切な人の名は』

『……あははは、そんなの、キース様に、決まってます』


 それは、ルピナスがフィオリナの生まれ変わりであることの証明だった。


(そんな……はず、いや……だが俺は、どこかでそうであることを期待していた。──それに)



 キースはルピナスに対して、いくつも思うところがあった。



『あの、もう毎日辛い思いをして泣いたりは──』 


『女の子扱いされると、どうにも顔を隠してしまう癖がありまして』


『またその距離の取り方。護衛するつもりか? 騎士団長の俺のことを』


『女友達を作るのが夢だったので、一つ叶いました』


 度々、記憶の中のフィオリナと、ルピナスが重なっていた。 特に、剣を扱っているときの動きなんて、瓜二つだった。


(もっと早く、ルピナスがフィオリナの生まれ変わりだと気が付けたはずなのに)


 そんな後悔が込み上げてくるけれど、穏やかに眠っているルピナスを見ていると、負の感情が少しずつ薄れていく。

 キースは眠りこけてしまったルピナスのワイシャツのボタンを丁寧に閉じてから、彼女の小さな手を優しく掴んだ。



「もう絶対に、先に死なせない。これから何があっても、俺が君を守るよ──ルピナス」


 月明かりに照らされた部屋で、ルピナスの手の甲に、そっと口づけを落とす。愛している、と泣きそうな声で囁いた。

読了ありがとうございました。

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