第二十五話 祝勝会はピンチを招く
ルピナスの優勝が決まったあと、すぐさま名誉騎士の称号を授与され、副賞の話も済まされた。
それから国王からの有り難い話が終わり、ルピナスは第一騎士団が待機している場所まで戻って行く。
「おめでとう!」「良くやった!」「優勝すると思ってた!」と一同から称賛の声を掛けられたルピナスが頬を綻ばせると、突然キースが近づいてきた直後、ふわりと浮遊感を感じたのだった。
──これが、式典直後の出来事である。
キースにお姫様抱っこをされたことを思い出すと、ルピナスは何だか居た堪れない気持ちになる。
「怪我を悪化させないためとはいえ、急にお姫様抱っこするんだもぉん! あたしもう胸がキュンって……ギュンってしちゃったわよぉ!! あ〜お酒が美味しいわねぇ!! うははっ!!!!」
「ま、マーちゃん飲み過ぎでは……?」
「放っておけ。二日酔いで苦しむのはあいつだ」
冷たく言い放ったキースだったが、マーチスが気が付かないようにお酒を水で割るあたり、多少は心配しているのだろう。
(流石です、キース様)
それにしても、とルピナスはキースの姿を横目でじいっと見つめる。
まるで水を飲むかのように度数が高い酒を飲んでおり、顔にも声にも態度にも、一切酔っ払っている感じがしない。
相当酒に強いのだろう。というか、そもそもルピナスがそこを感心しているのではなく。
(あんなに幼かったキース様がお酒を嗜まれて……なんだか感動しちゃう)
これは少し親のような感覚だろうか。もちろん口に出すつもりはないが。
『お酒って美味しいの? 大きくなったら一緒に飲んでくれる? 約束だよ!』
前世で、フィオリナが酒の素晴らしさを語ったとき、そんなふうにキースが話していたことを思い出す。
フィオリナとしては叶わなかったが、ルピナスとしては叶えられると思うと、先程までの決意が揺らいでしまいそうだ。
ルピナスはキースを見ながら、テーブルの上に置かれたグラスへと手を伸ばす。
(ま、飲まないけどね。怪我してるし──)
「おいルピナス、それ」
「えっ?」
──ゴクン。
「……っ?」
喉が焼けるように熱い。前世ではこれがたまらなく好きだったけれど、どうやらルピナスには合わなかったらしい。
「──酒が入ったグラスだ……って、おい!!」
ぐわり。ルピナスの頭がキースの方向に勢いよく倒れる。
「大丈夫か」と焦った声色のキースの顔は心配が滲み出ていて、ルピナスは真っ赤な顔をして、へにゃりと笑ってみせた。
「きーしゅ、しゃま、ふたりいる、ふふ……」
「!? 一口で酔い過ぎだろう……!」
キースの声が煩いような、心地良いような、不思議な感覚があるけれど、どうにも思考がふわふわしてしまって纏まらない。それに、急に襲ってくる睡魔に抗えそうになかった。
こてん、とルピナスはキースの肩に頭を預けた。
「ね、むい、れす……」
「……っ、ここでは寝るな。部屋まで連れて行ってやるから」
そうして、ルピナスはキースに本日二度目のお姫様抱っこをされて、自室へと入った。
キースに優しくベッドへと降ろされ、ルピナスは首をかくんかくんと揺らしながらも、ベッドサイドに用意してあった着替えへと手を伸ばす。どれだけ酔っていようと、眠たかろうと、まさに習慣が成せる行動だった。
「着替えて早く休め。明日は休みだからゆっくり──って、待て! どうして俺がいるのに脱ぎ出すんだ!」
「ふへへへへへへへ」
顔を赤くして、無防備な笑みで服を脱ごうとするルピナスに、キースは呆れと辛抱から熱い吐息を漏らす。
ふるふると首を横に振って、酔っぱらいには何を言っても無駄だということを知っているキースは、そのまま部屋を出ようとルピナスに背を向けたのだが。
──ガコン!!
「!? 今度は何だ……!!」
頭でも打っていたらまずい。ルピナスの肌色が見えてしまうかもしれないが、そんなことよりも今は安全確認が必要だ。
どうせ無事かと聞いても酔っぱらいからまともな答えが入ってくる訳はなく、キースはあまりルピナスの体を見ないよう気を付けながら振り向く。
「────そ、れ」
壁付きのベッドの近くにある窓のカーテンは、横に束ねられている。
そこから月明かりが差し込み、騎士見習いの隊服の下に着ていたワイシャツを二の腕あたりまで脱いだルピナスの姿が、映し出されていたのを視界に捉えたキースのグレーの瞳の奥が、ゆらりと揺れた。
「────どう、して」
◇◇◇
カーテンが開いているためか、朝日が容赦なく差し込んでくる。
頭がジーンと重たく、前世では酔っ払った経験がないルピナスは、これが噂の……と一つ経験が増えたことに感慨深さを感じながら、薄っすらと目を覚ます。
どうせなら、酔っ払ったときのことを全て忘れていたかったと思いながら、昨日の失態を思い出した。
(間違ってお酒を飲んで、キース様にまたお姫様抱っこをさせて部屋まで運んでもらって、しかも目の前で服を着替えるわ、眠た過ぎて頭をベッドの角でぶつけて心配されるわ……そこからはびっくりするくらい記憶にないけど)
脱ぎかけだったはずのワイシャツのボタンが締められていることから察するに、風邪を引くからとキースがやってくれたのだろう。
騎士団長であり、前世では護衛対象だった彼に醜態を晒したことが申し訳なくてルピナスが項垂れると、そういえば足元が重たいことに気がつく。
「…………。えっ!?」
そしてごろりと寝返りを打てば、ルピナスの足元──ベッドサイドに腰掛けて座っているキースの姿に、ルピナスは飛び起きた。
「……起きたか」
「お、おお、おはようございますキース様!!」
(どうしてここに!?)
いや、昨夜はキースが部屋に連れてきてくれた事はもちろんはっきりと覚えているのだが、眠ってしまった後はキースは部屋を出ていったものだと思っていた。
まさか眠っているルピナスでは部屋に鍵を掛けられないから、用心棒として留まってくれたのだろうか。
(な、なんてお優しい!! お優しすぎませんかキース様!!)
ルピナスは勢いよくベッドから降りると、体を折り畳むようにして深く頭を下げた。
「昨夜は本当に申し訳ございません!! 大変ご迷惑をおかけいたしました!!」
「………………」
(ヒィィィ! 無言! これは流石に怒っていらっしゃる……!!)
今世でも、キースはルピナスに対して贔屓目なしでも優しかった。
しかし度重なる醜態を見せられ、キースが怒るのも無理はない。
ルピナスは本気で申し訳ないと思いつつ、少しだけ顔を上げてちらりとキースの顔を覗き込んだ。
(どうして……何でそんな、泣きそうな顔を……)
その顔はまるで、前世で最期に見たキースの表情に酷似している。あのときは泣いていたけれど、表情は今と同じように、見ていられないくらい痛々しかったから。
「キース様……? どうかされたのですか?」
怒っているのとは程遠いそんなキースの表情に、ルピナスはおずおずとそう問いかけた。
すると、キースはベッドサイドに腰掛けたまま、右手をそっと伸ばしてルピナスの手首を掴む。
まるで壊れ物を扱うように、それは優しかった。
「──どうして、言わなかった」
「え……?」
何のことか分からず、ルピナスは明確な答えを発することができない。
キースの震えた声が、ルピナスの鼓膜を震わせた。
「君は、フィオリナなんだろ」
読了ありがとうございました。
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!
ようやくもう少しでタイトル回収出来そうですね……♡