第二十三話 負けられない御前試合
会場に着くまでの間、探してくれたことへのお礼と謝罪、そして事の顛末を説明すると、キースにぐしゃりと頭を撫でられた。
勘が鋭いのか、「怪我はないのか?」と聞いてくるキースに、ルピナスは食い気味で「問題ありません」と答えてみせる。
「まあそれなら良いが……。それと王弟殿下の件だが、会うときは二人きりでは会うな。出来るだけ俺を呼んでくれ。俺が居なかったり忙しそうなときはマーチスでも他の団員でも良いから、あまり二人きりにはなるなよ」
「はい。承知いたしました」
三十八歳のセリオンからすれば、十八歳のルピナスなんて娘同然だろうが、周りはどう思うか分からない。
もしも、おそらく妻子持ちであろうセリオンと密会していたなんて噂が流れたら、ルピナスは騎士団に居られなくなるだろう。
セリオンだって悪評が流れるかもしれないし、何よりセリオンの妻子に申し訳が立たない。
(あれ? けど前にアイリーン様が魔術師団塔ではメイドの入れ替わりがここ十八年ないって言っていたっけ)
その時に一番に思い浮かんだのは、令嬢たちに大人気のセリオンが未だに独身で、彼に心酔しているメイドたちが他の縁談を断ってでも未だに勤め続けているという可能性だった。
ともすれば、セリオンはまだ独身の可能性もあるにはある。
(うーん、まあどちらにしても今は良いや。御前試合に集中しなくちゃ。無心になれば足の痛みも感じない、痛くない、大丈夫)
と、自己暗示をするルピナスだったのだけれど、そう事は簡単ではなかった。
◇◇◇
「──勝者、ルピナス・レギンレイヴ! 決勝戦進出!」
「おおおおお!」と観客や第一騎士団側から歓声が聞こえる。
ルピナスは対戦相手に一礼してから、歓声に応えるように出来るだけ笑顔を作るが、内心はそれどころではなかった。
(足が……痛い!)
当初はそれほど大した痛みではなかったのだが、連戦連戦で負担が蓄積されたのか、踏ん張ると激痛が走る。ただ歩く分にはさほど問題はないが、右足を軸にして剣を振るうのは厳しいだろう。
額には疲れではなく痛みが原因で脂汗が滲み、ルピナスは念のためいつもよりゆっくりとした足取りで選手待機所にまで戻った。
対戦相手はまだ来ていないらしく、ルピナス一人である。
用意されていた椅子にドサリと座り、ズボンの裾をくるりと曲げて巻いておいたハンカチをシュルリと取る。
右足首を確認すれば、そこは薄っすらと赤紫色に染まり、僅かに腫れているように見えた。
「これは……あんまりよろしくない」
前世で騎士だったルピナスは、怪我の処置に詳しい。団員たちは怪我が絶えず、そんな仲間たちを、そしていざというときの要救護者を助けたいと思ったからだ。
だから事前に、ルピナスは足首に包帯代わりに持参したハンカチで固定をしていた。
おそらくこの処置をしていなければ、より激痛が走っているだろう。
「あと一戦……あと一戦だけなら──」
「ルピナス、足がどうかしたのか」
「……! キース様……!?」
しかし、一番来て欲しくなかった人物の登場に、ルピナスの上擦った声がその場に響く。
ルピナスは急いでズボンを戻すと、「どうされました……!?」と明らかに動揺した声を零した。
「今日の君の動きが、いつもと少し違っていたのが気になったから来た」
「……そ、そうですか? 緊張しているからでしょうか……あはは…………」
待機場所は原則、参加者以外の者は入れない。
しかし、決勝戦の前の少しの時間だけは、参加者を鼓舞するために団長クラスの人間だけは入れるようになっていた。
石張りの床を、コツコツと音を立てて近付いてくるキース。
背筋をぴしりと伸ばし、無意識に右足を後ろに引いたルピナスの前に、キースは跪いて細い足首へと手を伸ばした。
「キース様……!? どうされ──」
「悪いが、さっき一瞬見えた。動きがおかしいと思ったら、やはり怪我をしていたんだな」
「……! それは……」
「何故隠した。ルピナスの実力ならば、来年正式に騎士になってからでも御前試合には出られるだろ。わざわざ無茶をしなくても良い」
キースの言葉はまさにその通りなのだ。ルピナスだってそれを考えなかったわけではなかった。
(けれど……私は……頑張りたい)
この短い期間でも、第一騎士団の皆が優しいことは分かっているつもりだ。 棄権をしたとして、心配をされることはあっても、責められることはないだろう。
それこそ、ルピナスはキースのことは良く知っている。仲間思いで部下思いなキースが、怪我をした状態で無茶をしたらどう思うかも、もちろん考えたけれど。
「私は……このまま戦いたいです」
「推薦したことを気にしているならそれは──」
推薦してもらった手前という気持ち、出場出来なかった騎士たちへの思い、前世でも叶えられなかった御前試合での優勝がもうそこに見える状況、全てがルピナスを衝き動かすけれど。
そんなルピナスを一番に衝き動かすのはいつだって、キースの存在だった。
「キース様が頑張れって、期待してるって言ってくださいました……私はそれがとても嬉しかった、から……」
「…………っ」
「この程度の怪我ならば騎士見習いの仕事にもさほど支障は出ないと思います……! いえ! 出しません……! ですからどうか──」
ギリ、と奥歯を噛み締めたキースは、立ち上がって腰を折ると、座っているルピナスを力強く抱き締めた。
ルピナスは少しだけ、経験のない胸の高鳴りを感じたけれど、頭の隅に追いやる。
「えっ、あの、キース様……!?」
「そんなふうに言われたら、君を止められないだろ」
そう言ってキースは、僅か五秒にも満たない強い抱擁からルピナスを解放した。
「いきなり悪かった」と謝罪して、出口の方へと数歩進む。
──コツコツ。石張りの床を進む音だけがその場に響き、それはキースが立ち止まることで聞こえなくなった。
「直ぐだ」
「……えっ」
「直ぐに終わらせろ。もちろん、勝利するのは君だ。──応援している」
「は、はい……! お任せください……!」
小さくなっていくコツコツという音に、ルピナスは天を仰ぐ。
ルピナスは、前世のときのように、キースを守るような立場でなくなった。
年齢も歳下になってしまい、実力は今や、キースの方が強くなってしまった。
──それでも、未だにキースのことを弟のように思ってしまう。
周りから見たら、ただの護衛とその護衛対象という関係にしか見えなかっただろう。
けれどキースと共に過ごした二年間は、悲しみも、遣る瀬無さもあったけれど、楽しくて、幸せな時間でもあったのだ。
「キース様に応援されたらそんなの、負けるわけにはいかないじゃないですか」
まるで弟のように愛おしいキースの言葉は、何ものにも代えがたい。
ルピナスにとってキースの言葉は、キースは、特別だったから。
──そうして、ルピナスは会場に姿を現す。
足は痛いはずなのに、まるでフィオリナのときのように身体が自由に動く気がした。
「──優勝は、ルピナス・レギンレイヴ!!」
◇◇◇
レギンレイヴ子爵邸、レーナの自室にて。
それは、ルピナスが御前試合で優勝してから数時間後のことだった。
「ちょっとドルト様、冗談はやめてくださらない? お姉様が名誉騎士の称号を賜ったなんて」
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