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第二十二話 セリオン・アスティライト

 

(とはいえあれは、セリオン様の()()だったんだけどね。本人がそう言っていたし。浮いた話が一つもない私に、思い出をくれたのよね。王族の鑑のようなセリオン様が、当時平民だった私に本気で求婚するはずないもの。結婚の話の流れでキース様にお伝えしたときは何か微妙そうな顔をされたけど、何だったんだろう)


 約二十年前。

 フィオリナがまだキースの専属護衛騎士になる前、第一騎士団で勤めていた頃、頻繁にセリオンとは会う機会があった。


 当時魔物が活性化していたため、騎士団と魔術師団の連合で魔物の討伐に行くことが多かったのである。

 王位継承権を持つ者は、本来魔術師団に入ることはできないのだが、セリオンは膨大な魔力量と類稀なる魔法のセンスがあったため、特例で許可されたのだ。


 フィオリナと歳が同じで独身、王弟という立場、若くして魔術師団の団長に上り詰めた実力、それに相まって甘いマスクに優しい性格から、セリオンは自他共に認めるほどにモテていた。


(当時の人気は凄まじかったものね。今セリオン様は三十八歳。もう流石に奥様がいるだろうから、人気は衰えただろうけれど)


 当時、男所帯で生活しているからか、女らしさが全く無かったフィオリナにも、セリオンは女の子扱いをして優しくしてくれたのは記憶に新しい。


 フィオリナはそんなセリオンに対して、一人の人間として好意を抱いていたものだ。というより、セリオンのことが嫌いだなんて人間を、聞いたことがなかった。


 ルピナスはそんなセリオンのことを、戦友であり、陰ながら自慢の友のように思っていた。



「ところでルピナス嬢、改めてリリーシュを助けてくれてありがとう。それと怪我のことも済まない……今から御前試合だというのに」


 セリオンについて思いを馳せていると、申し訳無さそうな声色が少し高い位置から降ってくる。

 ルピナスはハッとしてから、慌てて手をブンブンと胸の前で動かした。


「い、いえ! それに先程も申しましたがこの怪我は」

「嘘をつかなくても良い。これでも人のことは良く見ている方でね。リリーシュが罪悪感を持たなくて済むよう嘘をついてくれたんだろう? 君は優しい女性だね」


 まるで恋人を見ているのかというくらいに優しい笑顔でそんなふうに言われたら、これ以上嘘を吐くことはできない。

 セリオンは昔から、一枚も二枚も上手だったのだ。ルピナスの咄嗟の嘘なんて、簡単にバレて当然だった。


 とはいえ、ルピナスがフィオリナの生まれ変わりであることはそう簡単にバレることはないだろう。

 そもそもセリオンの中でのフィオリナの存在は、昔仲の良い同僚がいたなぁ、というくらいに違いないのだから。


(前世の記憶があるなんて非現実的なこと、わざわざバラす必要はないけれど、キース様ほど意識して隠す必要もないかな)


 まあ、隠そうとしても身体に染み込んだ癖や、深く考えていない言葉が出てしまっているのだが。


「しかし済まないね。私は魔術師団長なんて大層な役目を仰せつかっているが、回復魔法は使えなくてね」

「そんな……謝らないでください! お気持ちだけで十分です。それに軽い捻挫ですから、御前試合にもそれほど影響しないと思いますし……かくなる上は……」


 ──バァン!


 ルピナスは両手で自身の両頬を叩くと、気合を入れる。

 頬がほんのりと赤くなるほどに叩いたせいか、驚いているセリオンにへらっと笑ってみせた。


「こうやって気合を入れれば、何とかなります。ですので本当に心配はしないでください」


 そのとき、咄嗟に目を瞑ってしまうほどの強風が吹き荒れる。

 風が過ぎ去ってからギュッと閉じた瞳をゆっくりと開けたルピナスは、自身の赤くなった頬に触れそうなほどの距離まで伸びてきていたセリオンの手に、反応できなかった。


「──君は」

「えっ」


 しかし突然の第三者の介入により、セリオンの指先は、ルピナスの頬を一瞬掠めるに留まった。


「ルピナス! ここに居たのか」

「キース様……! どうしてここに」

「あまりに遅いから迎えに来たんだ。まさかこんなところに来ていると思わなかったが──どうして君と王弟殿下が一緒に居るんだ」


 足早に現れたキースの息が少しだけ上がっている。

 探し回ってくれたのだろうということは容易に想像でき、後できちんとお礼を言わなければとルピナスが思いながらもキースの質問に答えようとすると、それはセリオンの声によって遮られた。


「やあ、キース。少し久しぶりだね。実は今、ルピナス嬢のことを口説いていたんだ」

「えっ!?」

「──は?」


 思わぬセリオンの発言に、キースは眉をひそめる。

 そして直後、キースはルピナスのことを庇うように二人の間に割って入った。


「王弟殿下は、()()()()()がお好きなようで」

「はは、どうだろうね。……ああ、そういえばキース、彼女、実はさっき足を──」

「ああああ!! キース様! そろそろ時間が! 急いで参りましょう!! さあ! 参りましょう!」

「あ、ああ」


 王族の言葉を遮るのは不敬だと分かっているが、おそらくセリオンは寛容なので大丈夫だろう。

 現に、ルピナスが懇願するような顔で見つめると、セリオンはルピナスの意図を察したようで、遮られた言葉の続きを紡ぐことはなかった。


(流石セリオン様……! キース様に怪我のことがバレたら、御前試合に出ないよう言われるかもしれないし。せっかく推薦してくれたんだもの……絶対に出たい)


 捻挫のことを秘密にしてくれたセリオンに、ルピナスが何度も頭を下げると、その事実を知らないキースは少し怪訝そうな顔をしながらルピナスの手首を掴む。


「早く行くぞ」と声をかけられたので、ルピナスは改めてセリオンに丁寧に挨拶をすると、キースも軽く頭を下げた。


「ルピナス嬢、少し待って」

「はい、何でしょうか?」


 セリオンに背を向けたところだったので、ルピナスはゆっくりと振り返る。

 後ろに束ねた髪の毛が、ふわりと揺れた。


「リリーシュのこと、改めてお礼をしたいから今度騎士団塔の方へ顔を出すよ。会ってくれるかい?」 

「え……! そこまでしていただかなくても……いえその、訪ねていただくのも申し訳ないですし……」

「これは私の我が儘だから、君は何も気にしなくとも良いよ。ね?」

「は、はい。そういうことでしたら、お待ちしておりますね」 


 こんな一介の騎士見習いにそこまでするなんて、やはりセリオンは出来た人だ。

 ルピナスはそんなふうに思いながら、今度こそキースと共に会場へ歩き出す。



 ──しかし、このときルピナスは知らなかった。



「やっと……やっと会えたね」


 セリオンが、ルピナスのことを熱を帯びた瞳で見つめていたことを。

 気配を感じ取ったキースが一瞬振り返り、そんなセリオンの瞳に気が付いていたことを。



「──フィオリナ」

読了ありがとうございました。

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