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第 二十一話 王女と王弟

 

 御前試合当日、ルピナスは出場するために、王宮から少し離れた会場に来ていた。


 前世を含めると何度か訪れたことのある会場を見渡すと、何だか懐かしい気持ちになる。


(今日ここで戦うんだ。前世でも緊張したけど、ルピナスの感情も混ざってるからか、今までで一番緊張してるかも)


 ルピナスは虐げられ、家からほとんど出してもらえていなかったので、大勢に見られる環境にあまり慣れていないのかもしれない。

 この前の近衛騎士との決闘は、急遽だったことである意味緊張する暇もなかったのだが。


「キース様、開始まで少し時間があるので、周りを歩いてきても構いませんか?」

「構わないが、遠くへは行くなよ。あと、何かあったら直ぐに呼べ」

「はい!」

「いやぁ〜んキースったら優しいぃ〜」

「黙れ」


 キースに辛辣な言葉を掛けられてもへこたれないマーチスにも見送られながら、ルピナスは会場の外に小走りで向かう。


 ルピナスは緊張をすると、身体を動かしたくなるのだった。


(準備運動にもなるし、良いよね)


 会場の裏側には自然豊かなスペースがあることを知っているルピナスの足は、迷わずそちらに向かう。

 木が生い茂っていて、花も手入れされているのか、綺麗に咲き誇っているそこは、胸の高鳴りを落ち着けるのに最適な場所だ。


「前世でも、御前試合の前はここに来たのよね」


 会場の周りを見渡せば、御前試合に出場しない一部の騎士は会場の警備をしている。

 おそらく王族、または貴族がもう来ているのだろう。


「さて、しっかり身体を温めておこう」


 ルピナスの身体は最近やっと筋肉が付いてきた気がする。

 フィオリナだった頃と比べればまだまだだし、体質的に筋肉質にはなりづらいだろうということは経験上分かるものの、自身の変化は嬉しかった。


 そんなことを思いながら、ルピナスは軽く息が上がるくらいの速度で走って行く。


 すると、唐突に聞こえる甲高い声に、ルピナスはピシャリと足を止めた。


「誰か私を助けなさぁぁい!!」

「えっ、上……!?」


 幼さを含むその声に、ルピナスは慌てて見上げる。


 するとそこには、フリルがあしらわれたレモン色の可愛らしいドレスに身を包んだ、まるで妖精のような少女がいた。


「えっと、そのようなところでどうされました?」

「見たら分かるでしょう!? 木に登ったら降りれなくなっちゃったのよ!! 早く助けなさい!!」


 今にも折れそうな枝の上に座り込み、幹にしがみつくようにしながら、半泣きでそう叫ぶ少女。


(どこからどう見ても良いところのお嬢様。上位貴族かな。……って、あれって)


 彼女の少し離れたところには、白い子猫の姿がある。ブルブルと震えているところを見ると、降りられなくなったらしい。


「もしかして、子猫を助けようとしてですか?」

「そうよ!! いちいち言わなくて良いわよ! その服騎士見習いでしょ!? 早く助けなさい!!」


(え、偉そうなお嬢様……けど、子猫のために木に登るだなんて、誰でもできることじゃないもの。きっと優しい子なのね)


 そもそも十歳にも満たないような少女が、ドレス姿で木に登れるだけで凄いのだが。


 良ければ将来騎士を目指しては、だなんて言える状況でもないので、ルピナスは身軽な体を上手く使って木に登ると、子猫を先に助けて少女の腕の中に預けてから、「失礼しますね」と言って少女を抱えた。


「申し訳ありませんが、両手が塞がっているのでゆっくりは降りれません。貴方様のことは私が絶対に離しませんから、仔猫ちゃんのことはお願いしますね。では、飛びます」

「えっ、ええ、うわぁぁぁあ!!」

「にゃあおーーんっ!!」

「あっ、待って、落ち着いて……!」


 ぴょんっと木から飛び降りたルピナスは、あとは着地に意識を集中するだけだった。


 しかし、少女の絶叫に近い声に子猫はよほど驚いたらしい。バタバタと暴れ出し、すぽんっと少女の腕の中から飛び出てしまったのである。


「──っ、危ない……!!」

「きゃぁぁっ!!」


 子猫がこのまま地面に叩きつけられたら、怪我をしてしまうかもしれない。

 ルピナスはそう思って、咄嗟に空中で少女を片手に抱え、空いた方の手で子猫の胴体を掴んで自身の腕の中へと引き入れる。そして。


 ──ドサッ!!


「……っ、いった…………」

「ちょっと貴方大丈夫!?」

「にゃーおっ」


 少女と子猫を守るために無理な体勢で着地したルピナスは、右足首の痛みに表情を歪めた。


 しかし、不安そうな顔つきで覗き込んでくる少女に心配をかけさせまいと、ルピナスは必死に笑顔を取り繕った。


「ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。お怪我はありませんか?」

「あ、貴方……っ、自分が怪我をしてるんじゃ──」

「リリーシュ、ここに居たのか」


 そんなとき、リリーシュと呼ばれる少女の声を遮ったのは、そよ風のように爽やかで、落ち着いた声。


 聞き覚えのあるその声に、ルピナスは視線を声の主へと向けた。


()()()()、様…………」

「君は──済まないね。どこかで会ったことがあったかな? ……おや、その服は……」


(あっ、前世の癖で名前で呼んじゃった……!)


 ゆったりとした歩調をやや早め、セリオンはルピナスとリリーシュの直ぐ側まで近付いて片膝を突くと、突如現れた男に驚いた子猫は逃げていってしまう。

 しかしその先に親であろう猫がいるのを視界の端に捉えたルピナスはほっと安堵してから、セリオンに向かって頭を垂れた。


「先程は許可なく名前で呼んでしまったこと、大変申し訳ありません──王弟殿下」

「いや、構わないよ。それで、一体ここで何があったのかな? ()()()はそろそろ会場に戻らないとまずいだろう?」


(どうして騎士見習いの私が出場するって知ってるんだろう)


 ルピナスの疑問をよそに、リリーシュに視線を移し、そう問いかけたセリオンの瞳は優しいものだ。

 柔らかなアイスブルーの瞳に捉えられたリリーシュは「叔父様あのね」と事のあらましを説明し始めた。


(ん……? 叔父様ってことは、このお方は陛下の娘──つまりリリーシュ王女!?)


 社交界に出たことがなく、一度も顔を見たことがなかったとはいえ、貴族令嬢がこの国の王女の姿を知らないのは恥でしかない。


(フィオリナのときはまだ産まれてなかったから、分からなかった……)


 ──さらっと知ってたフリをしよう。ルピナスがそんなふうに思っていると、リリーシュの説明を聞き終わったセリオンがルピナスに手を差し出した。


 どうやら掴まれ、ということらしい。


「あ、ありがとうございま、い……っ」

「……! まさかリリーシュを助けたときにどこか怪我を?」

「そうなの叔父様! さっきも足を痛がっていて……私のせいで……」

「王女殿下、それは違います。これはその──元々なのです」

「えっ、そうなの!?」


(いや、嘘だけど……この嘘なら不敬にならないはず)


 言葉はきついし一見我が儘のように見えるリリーシュだが、子猫を助けようと無茶をしたり、怪我をしたかもしれないルピナスを泣きそうな顔で心配するあたり、心根は優しい良い子なのだろう。

 ルピナスは、そんなリリーシュに罪悪感を感じてほしくなかったので、嘘をついたのだった。


 すると、明らかに安堵するような顔つきにリリーシュが変わったところで、遠方から声が聞こえた。

 どうやら、リリーシュを探す近衛騎士のようだ。


「あ、まずい見つかったわ!!」

「リリーシュ。いつも騎士を困らせるのはやめようね。それと、こちらの女性に早く御礼を言いなさい。助けてもらったんだろう? 礼を欠くのは王族の恥だよ」

「はぁい。……助けてくださって、ありがとう」

「いえ。ご無事で何よりでした、王女殿下」


 そうしてリリーシュは、「また会うことがあったらお話する権利を与えても宜しくってよ! ふんっ! ではごきげんよう!」と言って、近衛騎士とこの場を去って行った。


(まるで嵐のような人だった……)


 しかしまだ問題は残っている。

 リリーシュと一緒にセリオンも戻ると思っていたのに、何故かルピナスの顔をじぃっと見ているのである。


「あ、あの、王弟殿下……」

「ああ、失礼。それと改めてリリーシュを助けてくれてありがとう、ルピナス嬢」 

「……! どうして名前を、そういえば先程、私が出場することもご存知の様子でしたが……」

「女性の騎士見習いが近衛騎士との決闘に勝利し、団長たちの推薦を受けて御前試合に参加することは、かなり話題になっているからね。自然と耳に届くよ」


 なるほど。王弟ともなれば様々な情報が耳に入ってくるに違いない。


 納得したルピナスは、改めてセリオンの顔を見る。

 十八年前にはなかった渋さは感じ取れるものの、大きくは変わらない容貌。色気は数段増している気がするが。

 優しいところも、王族としての自覚をしっかりと持っているところも、落ち着いた声色も、何も変わっていない。



 ──セリオン・アスティライト。


 ここアスティライト王国国王の弟であり、魔術師団団長であり、キースの伯父にあたる高貴なお方。


 ──前世でルピナスは、そんなセリオンに求婚されたことがある。

読了ありがとうございました。

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