第二話 ルピナスの気掛かり
あれからチクチクと嫌味を言われてしばらく。ようやくレーナたちから解放されたルピナスは、急いで裏庭のベンチへと足を運んだ。
「ラーニャ、お疲れ様! もう昼食は摂った?」
「ルピナス様! いえ、急遽旦那様たちの昼食の時間が変わって慌ただしかったので、今からです……!」
「あ……そうよね。ごめんなさいね」
(さっきまで話していたから予定がズレたのね……悪いことをしちゃったわ)
眉尻を下げるルピナスに対して「謝らないでください!」と胸の前で手をブンブンと振るのは、数多くいるメイドの一人──ラーニャだ。
レギンレイヴ家の使用人は皆ルピナスに対して冷たかった。
というのも、内心ではルピナスに同情しても、それを行動に出すとルピナスの両親やレーナからの当たりが強くなるからだ。解雇される可能性だってある。お給金だけはそれなりに良かったレギンレイヴ家の使用人たちは、それを恐れてルピナスに優しくすることは出来なかった。
そんな中で、ルピナスと同じ年の弟がいるということもあってか、ラーニャだけは隠れて優しく仕事を教えてくれたり、労ってくれた。
表立ってルピナスと仲良くすればラーニャにも被害が及ぶだろうというルピナスの心配により、今のように裏庭のベンチでひっそりと話したり、一緒に食事を摂ることしかできなかったけれど、ルピナスにとって唯一心許せる時間だった。
「それでルピナス様、旦那様たちからの呼び出しは大丈夫でしたか? ……また嫌味を言われたのでは……」
ラーニャは心配そうに眉尻を下げ、ルピナスに問いかける。
「うーんとね、ドルト様もいらして、婚約破棄をされてしまったわ。私がレーナを虐めたからだって」
「ハァ……!?」
「それに家も出ていくようにと。……明日には出て行かないといけないから、こうやって話せるのは今が最後かもしれないわね……」
「そんな……どうしてルピナス様が……! あの婚約者……ずっとルピナス様に冷たく当たっておいて、最終的には婚約破棄だなんて許せません……! それに虐めですって!? 誰がどう見ても虐められてるのはルピナス様じゃありませんか……! それを……あの性悪女に騙されて……!! しかも家を出ていけ……? どうして……どうしてルピナス様ばかりがそんな目に……」
生まれつき傷があるというだけで令嬢としての人生を与えられず、虐げられて生きてきたルピナス。
大多数の使用人から冷たくされても、仕方がないからと文句一つこぼさなかったルピナスが、婚約破棄をされ、家を追われることは、ラーニャには悔しくてたまらなかった。
「怒ってくれてありがとう、ラーニャ。けれど私なら大丈夫よ。家や家族に未練は殆どないし、ラーニャが仕事を丁寧に教えてくれたおかげで下働きならばっちり! それにほら、レーナは淑女教育を良くサボっていたから、暇を持て余した先生が私を不憫に思ってか、色々なことを教えてくださったのはラーニャも知ってるでしょう? だから何かと仕事はあると思うのよね。それも勉強の間、私の仕事をラーニャが引き受けてくれたおかげ。本当に助かったの! ありがとう」
「そんな……」と涙を浮かべるラーニャの手に、ルピナスはそっと自身の手を重ねる。
水仕事のせいで互いにザラザラだったけれど、不思議と心地良かった。
「ラーニャ、今まで優しくしてくれてありがとう」
「……っ、けれど、いくらなんでもお一人では……! 私もご一緒します! 私も一緒に──」
「それはだめ。貴方には、病気の弟さんがいるのでしょう? 毎月薬代を送るのだって大変なはず……。この家はお金だけはあるもの。おそらくだけれど、他の屋敷に比べてお給金も高いはずだから、辞めては勿体ないわ」
ラーニャがルピナスのことを気遣っている事実は、二人しか知らない。
だからルピナスが居なくなっても、ラーニャは今まで通り働いてさえいれば、何一つ変わらない生活を送ることができるし、弟の薬代を送ることだって出来るのだ。
(優しいラーニャなら、一緒に行くと言い出すと思ったわ……けれど、それはだめよ。ラーニャまで巻き込むわけにはいかないもの)
「だからどうか辞めないで? 私は大丈夫だから。ね?」
「ルピナス様……お優し過ぎます……っ」
ポロッと涙を流しながらそう言ったラーニャは、同時に小さくコクリと頷いた。
(良かった……これで気がかりが無くなったわ)
柔らかく微笑んだルピナスは、それから休憩時間が終わるまでラーニャと話をし続けた。
そして休憩が終わると、急いで部屋に戻って荷造りをし、次の日のために早めに眠りについたのだった。
◇◇◇
次の日の早朝、ルピナスの出立の時がやってきた。
徒歩の移動では限界があると思っていたが、何故か馬車は用意されていたのだ。
(まあ、理由は簡単よね……)
昨日、屋敷のものは基本的には持ち出すなと言われたので、ルピナスはレーナが着古してお下がりとして回ってきたワンピースを数枚と、下着、必要最低限の身の回りのものだけを持って、馭者に目的地は王都だと伝える。
それから自身の姿を改めて見て、苦笑を漏らした。
(これは、どこからどう見ても貴族令嬢には見えないわね……)
やや癖のあるハニーブラウンの髪は腰辺りまで伸ばしっぱなしで、殆ど手入れされておらず、どこにでもいるダークブラウンの瞳の下には疲れが見える。
顔は整っていたが、虐められてきたストレスと今後の心労によって寝不足がたたってか、肌の色は青白く、不健康に見え、極めつけに平民でも捨てるくらいに薄汚れたワンピースに身を包んだルピナスは、どこからどう見ても訳ありそうで近寄りがたかった。
「ルピナス様……! どうか息災で……!」
「ええ、ありがとうラーニャ。元気でね」
パタパタと走ってきてくれたラーニャを、ルピナスは思い切り抱きしめる。
もちろん、家族やドルトは見送りに来てくれるはずはなく。
早朝だというのに、唯一見送りに来てくれたラーニャに別れの挨拶をしてから、ルピナスは馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
「えっ、あの人集りは一体……」
そして、休憩を挟みながら馬車に揺られること四時間。王都に到着したルピナスは、目の前の光景に息もつけないほど驚くことになる。
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