第十九話 さあ、二人で出かけましょう
次の日の十一時。時間ぴったりにやってきたキースの私服は、白いシャツにズボンと同じ色の紺のジャケットを羽織ったシンプルなものだった。
元平民で今世では貴族令嬢のルピナスは、良いものも悪いものも見てきているので、それがどれだけ良質なものなのかははっきり見て取れる。
容姿が良いこともあって、おそらく女性たちの的になることだろう。
「キース様、とてもお似合いです。……その、隣に並ぶのが私で、申し訳ありません」
「どうしてだ。俺がルピナスを誘ったのに」
一方でルピナスは、数年前に流行したデザインの琥珀色のワンピースに身を包み、少しはマシになるようにと普段は後頭部で束ねている髪の毛を編み込んで片側に流した。
騎士の姿よりも女性らしいものの、このままキースの隣を歩けば、一定数目を引いてしまうだろう。不釣り合いね、という意味で。
(けどまあ、別に恋人同士のデートではないのだし。私が気にしなければ良い話か)
だからルピナスは、何でもありませんと笑顔で伝えると、何やら意味深に見つめてくるキースを急かすようにして街へ出た。
キースが手配してくれた馬車に乗って直ぐ、王都に到着した。
何度か巡回で付いてきたことはあるものの、初めて訪れた日を含めてゆっくりと見て回ったことがなかったので、楽しみ半分、周りの視線が気になるのが半分だった。
意識的に周りの視線を察知しているルピナスの名前を呼んだキースは、直後に彼女の手首を掴む。
「どうされました?」
「街を回る前に用事がある。付き合ってくれないか?」
「はい。もちろんです」
ルピナスの中でキースは未だに少年で止まっているので、今のキースが何に興味があるのか、ルピナスは知りたかった。
だから手首を掴まれていることなんて、まあいいか、くらいの認識で、キースのあとに付いていく。
そして直後、キースが入ろうと言った店に、ルピナスは「へっ」と素っ頓狂な声をあげることになる。
「キース様は、女性ものの洋服にご興味が……? もしや趣味、とか」
「……どうしてそうなる。ここには君の服を買いに来たんだ」
「私の服をですか!? どうして……もしかして、今朝のことを……!」
『隣に並ぶのが私で、申し訳ありません』という言葉が原因なのだろうか。
そんなルピナスの考えは、どうやらキースが否定しないので、肯定と取って間違いないらしい。
「キース様に恥をかかせてしまうのは大変申し訳無いのですが、私の持ち物の中でこれが一番まだ豪華に見えると言いますか……その、手持ちがないのでお店に来ても買えないと言いますか……!」
「俺は、今の君が隣にいても恥だなんて欠片も思っていない。……だが、優秀な部下を労う権利を、上司である俺に与えてくれないか」
「……っ、キース様……」
ルピナスが気を遣わないように言ってくれているのだろう。そんなこと、考えなくたって分かる。
(こんなふうに言われたら、ありがとうと言うしか出来ないじゃない……!)
ほんのりと柔らかく微笑んでいるキースに、ルピナスは頭を下げて、店の中に足を踏み入れた。
傷を見たらびっくりさせてしまうかもしれないと、ルピナスは店員に断りを入れて一人で試着をすることにした。
首周りが詰まったデザインを何点か選び、試着をしてキースに見せる。
この瞬間が堪らなく恥ずかしかったけれど、キースとルピナスが恋人同士だと勘違いしている店員は異常にテンションが高く「全てお似合いですわぁ!!」と世辞を並べてくるので気まずさが勝った。
「ルピナス、今着た中で気に入らないものはあったか?」
「いえ、全て可愛いですし、動きやすくて、素晴らしいと言いますか……」
「そうか。なら全て買おう。着てきた服は包んでおいてくれ」
「お買い上げありがとうございまぁすっ!!」
「ちょ、キース様……!!」
せめて一点だけにして欲しい! ルピナスは強くそう進言したが、キースは既に支払ったからの一点張りで話は聞いてくれなかった。しかも知らない間に試着のときに履いた新しい靴まで購入済みで、ルピナスは冷や汗が流れてくる。
ルピナスは最後に試着した、街でも浮かないような紺色の清楚なドレスに身を包んで、お会計を済ませて大きな紙袋を持ったキースのあとに続き、急いで店を出た。
「キース様、お待ち下さい! せめて荷物は持たせてください! それと洋服代は騎士に昇格してから返しますから……! こんなに買っていただくわけには……っ」
「俺を女性に荷物を持たせるような男にするな。あと全て良く似合っていたから俺が勝手に買っただけだ。気にするな。それと、金は返されても絶対に受け取らないとだけ言っておこう」
(つまり全部駄目なんじゃないですか……!)
ルピナスは男性と付き合った経験がないので、こういうときに上手い言葉が思いつかない。八つも年上となったキースを納得させるような言葉が見つからず、それならばせめて感謝の言葉を伝えたいと、ルピナスはキースの左手を両手で掴んで引き止めた。
「キース様、あの……」
人がそれほど多くない通りのため、突然立ち止まったルピナスたちに迷惑そうな視線を向ける者はいない。
申し訳無さそうにしてはキースの善意を無碍にすることになるだろうからと、ルピナスは満面の笑みを浮かべた。
「ドレスも、靴も、何より気遣っていただいて、本当にありがとうございます……! 一生大切にします……!」
「……っ、いや、……ああ、そうか」
ほんの少しだけ、キースの耳が赤色に染まる。
顔はというと、キースの荷物を持っていない方の手が目から下を隠しているため分からないが、その瞳から不快ではないことは間違いないだろう。
すると数秒後、キースは顔から手を離すとルピナスの纏めた髪に優しく触れた。
ルピナスはその手の動きを追ってから、そろりとキースの顔に視線を戻す。
「髪も、ドレスも、良く似合っている。──綺麗だ」
「……っ」
それはルピナスにとって、不意打ちの言葉だった。
少年だったキースから言われたことがある綺麗とは、種類が違う。
眉目秀麗な大人の男性になったキースから言われたその言葉は、どうしたって甘美で、女として見られているという感覚がゾクゾクと迫ってくるようだったから。
「ふ、……何だ。また顔を隠してるのか」
「……も、申し訳ありません……」
ルピナスはそっと両手で顔を隠す。癖であり、突発的に動いたその手は、キースに指摘されてからもそのままだった。
(だって今、絶対に顔が赤いもの。流石に恥ずかしい……)
それにこんな顔を見せたって、キースが困ってしまうだろう。
社交辞令を真に受けられて面倒だと思うかもしれないと考えて、手をそのままにしていると、ルピナスの髪に触れていたキースの手が僅かに動く。
そしてキースの手は、自身の顔を覆い隠すルピナスの片側の手を掴んで、その『赤』を露わにした。
そのまま少し腰を折り、キースは至近距離でその『赤』を見つめる。
「………やっぱり、マーチスと来させないで良かった。この顔は、他者にあまり見せたくないな」
「そ、そんなに不細工でしょうか……」
「……逆だ。その顔を見たら大半の男は落ちる。とだけ言っておこうか」
「!?」
全身がじんわりと熱くなり、顔なんて火を吹くのではというくらいに熱い。
それなのに手を離してくれないキースに、ルピナスは、いつからこんな言葉が言えるようになったの! と内心で嘆いた。
読了ありがとうございました。
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