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第十八話 分かっております。キース様がお優しいことは

 

「「えっ?」」


 重なり合う声に、ルピナスはアイリーンと見つめ合うと、どちらからともなく「ぷっ」と息を吐き出した。


「あははっ、ここまで被るとは思いませんでした……!」

「私もですわ……っ! けれど、なんて嬉しい日なのでしょう……!」


 ぴょんぴょんっと跳ねるようにして二人で笑い合うと、互いに予定は大丈夫かと確認をする。


 ルピナスは走ってくると伝えてあるし、目標の距離に届いていない分は夜に走れば問題ない。

 アイリーンも休憩中らしく時間はあるようなので、アイリーンが穴場だという、敷地内の小さなガゼボのガーデンチェアへと腰を下ろした。


「こんな場所があるのですね。知りませんでした」

「ふふ。私は()()()来るのですが、誰かを誘ったのは初めてですわ」


 二つの騎士団塔は王宮の敷地内にあり、隣り合わせだ。

 もちろん同じ敷地内には、国王が暮らしたり、執務に励む宮殿や、王太子や姫に与えられた離宮、その他に泊まり込みで働く文官たちの居住塔が存在する。


 そして現在、ルピナスたちがいるガゼボは、二つの騎士団塔のすぐ近くにある魔術師団塔に近い場所にあった。


(魔術師団、懐かしい。前世では近衛騎士に配属されるまではよく一緒に仕事をしたな……)


 魔術師団は基本的に魔法の研究をしているために、騎士団ほど外に出る機会はない。

 しかしときおり、街に結界を張ったり、魔物が活性化したときは郊外に赴き、騎士団とともに魔物を討伐することがあるのだ。


「もしかしてアイリーン様は、魔術師団塔でもメイドとして勤めていらっしゃるのですか?」

「いえ! 魔術師団塔を見るためなのですが、完全に私用ですわ!」

「……? 理由をお聞きしても?」

「実は私……魔術師の方の中に好きな方がいるのです」

「好きな人……ですか!」


(私が女の子とこんな話をする日が来るなんて……)


 夢みたい……と思っていると、とある疑問が思い浮かんだので、ルピナスはそれを口にしてみることにした。


「では何故、魔術師のメイドではなく近衛騎士のメイドに? あそこもメイドを雇っていますよね?」

「それが、ここ十八年ほどメイドが入れ替わっていないみたいで、募集していないのです。ですから、近い近衛騎士団塔に勤めているのですわ。距離が近いので偶然会うこともあるかと……」


 王宮では、王妃や王女に仕える侍女以外の貴族女性は上級メイドとして働いている。

 二十歳以下の者も多く、奉公という名目で婿探しをしに来ている者も多いのだ。


 そんな中で、魔術師団は騎士団と並ぶエリート集団である。

貴族の中でも、魔力を有するものは少なく、そんな彼らに見初められたら、結婚を選ぶ者も多いはずだ。それでなくとも家の事情でどこかの令息と結婚するために退職することだってあるだろう。


 入れ替わりは激しいだろうとルピナスは踏んでいたのだが、どうやら違うらしい。


(それにしても十八年なんて、ちょうど私が死んだときね。凄い偶然。……そういえば当時、()()()()はとてもモテていた気がするけれど……未だに独身だからメイドたちがずっと狙ってる……なんてことはない、よね?)


 ルピナスは顎に手をやり、まさか、ね、と頭を振る。


「私の恋の話はまた今度にして、ルピナス様のこと知りたいですわ!」


 疑問は深まり、詳しく聞きたかったものの、アイリーンがこう言うので、ルピナスは自身のことを話したり、アイリーンの趣味や社交界での話など聞いて、交流を深めたのだった。



 ◇◇◇



 それは唐突だった。


 アイリーンと友人になった日の夕食時、騒がしい食堂内で、マーチスが「ルピちゃんごめ〜ん」と言いながら、勢いよく隣に座ってくる。


「お疲れ様です! どうされました?」

「それがねぇ、あたしうーっかり伝えるの忘れてたんだけど、ルピちゃん明日一日お休みね! 騎士見習いになってからまだお休みなかったでしょう?」

「あ……そういえば」


 キースから伝えるよう言われていたのをすっかり忘れていたのだというマーチス。


 休みだからといって特にしたいこともなければ、行きたい場所もなく、というかお金がないし、御前試合も近いので鍛錬しようかと思っているから問題ないことをルピナスが伝えると、マーチスはフォークをカチャンと落とした。


 そしてカッと瞠目したマーチスに肩を掴まれたルピナスは、何事かと瞬きを繰り返す。


「それなら明日はあたしとお買い物に行きましょう!? ルピちゃんを着飾りたいと思ってたのよぉ!! お金なら心配ないわ!! あたしが出してあげるから!!! ね!?」

「い、いや、その──」

「むさ苦しい野郎じゃなくて、ルピちゃんみたいな可愛い女の子とお買い物に行くの夢だったのよぉ! ね!? ね!? あたしの夢を叶えて!? ね!?」


 食い気味に話すマーチスの顔は、必死さが滲み出ている。


 お金に関しては騎士になってから返せば良いので、マーチスに付き合って買い物に行こうかとルピナスが思っていると、未だに肩を掴んでいるマーチスに影が落ちた。


「ルピナスへの連絡を忘れた上に、明日勝手に休もうとしてるのはどこのどいつだ。本当に減給にするぞ」

「キース様……お疲れ様です……って、え!? マーちゃん明日お休みじゃないんですか!?」

「うわぁぁぁん!! キース代わってよぉ! あたしルピちゃんとお買い物行きたい〜〜!!」


 どうやらマーチス自身も、休みだと勘違いしていた訳ではないらしい。


 駄々をこねてルピナスに抱き着くマーチスに、キースは青筋を立てながら、その首根っこを力強く掴んだ。


「離れろ。あと連絡を怠った上に無断で休もうとしたとして、明日までに反省文を書け。それと今から外で反省してこい。お前たち、この馬鹿を外に捨てて来てくれ」

「待ってよぉ! あたしご飯もまだなんだからぁ〜! キースぅ〜〜〜!!!!」


「出来心だったのよぉ〜〜!!」と叫ぶマーチスの声が、少しずつ小さくなっていく。


 団員に連れられたマーチスの姿が見えなくなると、キースは「あいつはほんとに……」と苦労が滲むような声で呟きながら、先程までお騒がせマーチスが座っていた席に腰を下ろした。


「悪かったなルピナス。それで、明日のことなんだが」

「はい。何でしょう?」


 同時に、ルピナスの隣りに座っていたコニーは「僕はあっちで食べようかな!」と言って、キースに一礼するとそそくさとルピナスの隣から去って行く。

 キースの声が、普段よりも少し柔らかかったため、察しの良いコニーは気を利かせたのだった。


「マーチスと同じことを言うようで癪だが、明日一緒に街に行かないか」

「え? キース様と私がですか?」


「ああ」と頷くキースに、ルピナスは返答に困る。 

 どういう意図で誘ってくれているのか、分からなかったからだ。


「心配しなくても、俺は明日休みだ」

「そこは心配していませんが……理由が気になってしまって」

「……理由か。そうだな。……理由が、いるな」


 顎に手をやって考え込むキースに、ルピナスは小首を傾げた。


(変なキース様……どうされたんだろう……あ、もしかして!)


 そこでルピナスは、はたと気付く。


(これはキース様の思いやり! 部下に対する思いやりに違いない!)


 前世ならまだしも、今世では、一緒に買い物に行くような間柄ではない。だからルピナスを誘った理由を考えてみたところ、それが一番しっくりときた。


 キースは優しいため、働いてばかりのルピナスをリフレッシュさせてやろうと思ったのか、はたまたマーチスとの話で街に行くことへの期待を持っただろうから、それを叶えてやろうと思ったのだろう。


 ルピナスはそう考え、感動で胸がジーンとする中で、キラキラとした瞳でキースを見つめた。


「ありがとうございますキース様! ぜひ明日、よろしくお願いいたします!!」

「あ、ああ。それなら明日の十一時に部屋に迎えに行く」

「はい!」


(やっぱり……キース様は冷たくなんてない。むしろ温かくて優しい人。ああでも、二人きりならなおさら、フィオリナだってことがバレないように気をつけなきゃ!)



 そんなふうにルピナスが考えているなんて知る由もないキースは、今まで団員に見せたことがないような柔らかな表情でルピナスを見つめている。


 実はそんな二人のやり取りをしっかりと見ていた団員たちは、「これはもしや……?」と何故か乙女のように胸を高鳴らせた。


 コニーは「やっぱり退いて良かった……」と一人安堵の表情を見せたという。

読了ありがとうございました。

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[良い点] 空気の読める男、コニーさん(笑)
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