第十四話 騎士として曲げられないものがある
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ルピナスは何か問題を起こすつもりは毛頭なかった。フィオリナとルピナスとしての二回目の人生を歩んでいる分、精神上はそれなりに成熟している自負があったから。
だから、コニーに言ったことも本当だった。
もしもメイドが近衛騎士に今以上の蛮行──例えば武力を行使されたり、密室に連れ込まれようとした場合は、上手く立ち回って時間を稼ぐつもりだった。というのに。
──「お前のような顔だけは良い女は、俺のような高貴な男の玩具になるくらいしか能はないんだ!」
──「申し訳ありません……! 申し訳ありません……! それだけはお許しください……!」
一方的に上の立場から物を言い、自身の言葉が相手をどれだけ苦しめ、傷付けているのか考えもしない男。
立場上強くは出られず、何度も頭を下げて謝罪を口にする女。
状況も性別も違うが、その姿はまるで、幼い頃のキースとダブった。
ルピナスは拳を痛いほどに握り締める。
(あのときは色々な柵のせいで、あの事件が起きるまで直接お助けすることは出来なかったけれど……今は違う)
誰かを助けたい。安全を守りたい。守ることで、人を幸せにしたい。ルピナスが前世で騎士になりたいと思った根本は、そこにある。
けれどキースの護衛になってからは、それは叶わなかった。
出来ることはしたつもりだけど、キースにとってフィオリナの存在は救いになっていたかもしれないけれど、それでも、何度も目の前で涙するキースを目にした。
何度も慰めるように声を掛けた。直接助けてあげられなくてごめんなさいと謝罪して、その度に「大丈夫だよ」と言いながら抱きついて来る小さな体を、力いっぱい抱き締め返したのは記憶に新しい。
(もう、あんな思いはしたくない。誰にもあんな思いは、させたくない)
コニーはああ言っていたが、騎士たちが騎士団塔に残っている保証はない。非番の団員たちは眠っているだろうから、すぐに駆け付けてくれる可能性は低い。
(キース様申し訳ありません。第一騎士団にご迷惑をかけるかもしれませんが、お許しください)
ルピナスは前世で培った動き──出来るだけ気配と足音を消して連絡通路を歩くと、近衛騎士とメイドに近付いていく。
そして背を向けている近衛騎士に「あの」と声をかけると、振り返ったその瞬間、長い廊下の清掃に使った雑巾を顔面にベチン! と叩き付けた。
「いた!! くさぁぁあ!!!」
「すみません、手が滑ってしまいました」
「はあああ!? どう考えてもわざとじゃないか!! お前は何者だ、って……その隊服!」
近衛騎士はルピナスの隊服を指差す。コニーとルピナスが身に着ける黒い隊服は、まだ騎士見習いであることの証明だった。
そして男は、激昂した顔つきのまま、大声で怒鳴り上げた。
「おいお前、最近入った騎士見習いの女だな!? 調子に乗るなよ……!!」
「乗ってません。あまりにも見ていられなかったのでお声掛けをしたら、偶然雑巾が貴方の顔に当たっただけです」
「ああ!? 白々しい嘘をつくな!!」
激昂する男を前に、ルピナスは一切怯まない。前世では騎士として修羅場を潜り抜けてきているし、まるで目の前の男はキャンキャン鳴く子犬のようだとさえ思う。
ルピナスは男から視線を逸らすと、カタカタと震えている女の方に振り向いた。
「大丈夫ですか? 怖かったですね」
「…………っ」
「この場はどうにかしますから、上司にこのことを報告してください。根本的な解決は難しいかもしれませんが、配置替えくらいは検討してくれると思いますから」
「俺を無視するな騎士見習い風情がぁ!!」
話に割って入ってくる騎士を、ルピナスはギロリと睨み付ける。男はビクリと分かりやすく怯んだ。
「行ってください。私は大丈夫ですので」
「はい……っ、ありがとうございます……!」
そうして女が走り去っていくと、騎士はルピナスを威嚇するようにキーッと歯を見せながら、胸ぐらを掴んできた。
今の筋力ではそれを払い除けることはできず、男のがら空きの腹部に拳を入れることは容易だが、流石にそれは偶然だなんて嘘はまかり通らないだろう。
(うーん、どうしよう。見習い騎士を含めた騎士同士、私怨で手を出したら罰則があるんだよね。この男は悪くても減給で済むけど、私は騎士見習いを辞めさせられるかも。それに私が手を出さなかったとしても、この状況だとその証明はできないし。けど、あんなに怯えた女の子をあのままこの場に放置することはできなかったしなぁ)
騎士見習いを辞すのも嫌だが、助けたことに後悔はない。
とはいえ、どうしようかと考えているルピナスに、男は形勢逆転だと言うように高らかに口を開く。
「なあ、お前確か『傷物令嬢』って呼ばれてる女だろ? それなら今更傷が一つや二つ増えようが問題ないわけだ。……騎士見習いの癖に近衛騎士の俺様に対して調子に乗った態度をしたんだ、覚悟は出来てるんだろうなぁ?」
これは間違いなく今から殴られるやつだ。
ルピナスはそう確信して、それならいっそのこと先に一発鳩尾に……と思っていると、男は突然ルピナスの顔をジロジロと見ると口角を上げた。
「よく見たらお前、まあまあ綺麗な顔してるな。そうだ、俺は慈悲深いからな。傷物のお前を愛人にしてやろう! それで今回のこともチャラにしてやる。……良かったなぁ?」
「……は?」
(何言ってるの、この男。職場に愛人探しに来てるわけ?)
呆れた……とルピナスはため息をつかざるを得ない。前世でも近衛騎士団の愚行は見たことがあったが、これまで酷いのは初めてかもしれない。
騎士とはもっと尊く、誇り高き仕事だというのに。
ルピナスの額に青筋がピキッと浮かぶ。
しかし、その瞬間だった。第一騎士団塔側から、怒りを孕んだ低い声が聞こえたのは。
「──うちの騎士見習いに、何をしている」
「……! キース様」
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