第十二話 面白がるマーチス
「あたしは副団長のマーチス・スライヤーよ。皆からは『マーちゃん』って呼ばれてるわぁ! ルピナスちゃ……いえ、ルピちゃんもそう呼んでねぇ!」
「……は、はい!! よろしくお願いいたします! こちらから挨拶に伺わなくて申し訳ありません……!」
団員たちに割り込んで挨拶をしてくれたマーチスに、ルピナスは正直一瞬だけ驚いた。今まで出会ったことのないタイプだったからである。
だが、周りから『マーちゃん』と慕われている姿や、親しみやすい接し方から、驚いたのは一瞬で、すぐに打ち解けることができた。初めてマーちゃんと呼ぶときは、流石に緊張したけれども。
「ルピちゃんはどうして騎士になりたいのぉ?」
「えっと……昔からの夢でして」
「騎士見習いは重労働だけど大丈夫そぉ?」
「は、はい! ご迷惑をできるだけお掛けしないように頑張らせていただきます!」
「いやーん真面目ねぇ」とマーチスから頭をよしよしと撫でられ、兄……いや、姉? ……いや、やっぱり兄? がいたらこんな感覚なのだろうかとルピナスは考えを馳せる。
するとマーチスは、大人しく撫でられているルピナスからキースにそろりと視線を移すと、ゆっくりと口を開いた。
「ねぇルピちゃん、キースなんだけどね……昔から一人の女性をずーっと愛してるのよ。だから他の女性には一切興味がなくて冷たくってねぇ、『氷の騎士様』なんて呼ばれてるのよ? ま、見た目とか性格が冷たいっていうのも大いにあるんだけどね!」
「『氷の騎士様』……ですか!」
「おい、マーチスお前耳が無いのか」
聞いてよ奥さん、と言わんばかりに楽しそうに話すマーチスに、薄っすらと話した内容が聞こえてきたキースはマーチスの頭をガジリと掴んだ。
そのまま爪が食い込むほどに力を入れるので、マーチスは「いたたたたぁ!!」と半分泣きながら絶叫を上げる。
「けどねぇ! そんなキースがルピちゃんのことは気にかけてるのよねぇ! ってなわけで、色々と期待してるわルピちゃぁぁぁぁぁったぁあいっ……!」
(色々期待? 騎士として期待されてるのよね?)
マーチスの頭にあったキースの手は、今度は首根っこを掴み、ズズズ……と食堂の端へと連行されていく。
団員たちのマーチスを憐れむ様子から察するに、よくある光景なのだろう。
しかし、マーチスは首が詰まりそうになりながらも、男性にしてはやや高い声を止めることはない。
「それとね! ルピちゃん髪の毛が傷んでるわよ! あとお肌も! 勿体ないから後であたしのおすすめの美容商品を持っていくからきちんと手入れなさい! それと今度一緒にお買い物も行きましょうねって、ぐぇぇぇぇ」
「マ、マーちゃん……」
ぱっとキースが手を離すと、酸欠なのか顔を土色にしたマーチスがゼェゼェと酸素を取り込んでいる。
そんなマーチスの背中を擦る団員が「マーちゃんが余計なこと言うからですよ」なんて残念なものを見る目で囁いている姿に、ルピナスは堪えきれずに笑ってしまって、ぱっと口元を手で覆い隠した。
「……ったく。マーチスが言うことは話半分に聞いておいてくれ。騒がしくて悪いな、ルピナス」
「……! キース様」
食堂の真ん中辺りに戻ってきたキースは、やや眉間に皺を寄せながらルピナスの隣に腰を下ろした。
ルピナスは相手が現在の上司であり、前世の護衛対象だったことで無意識に姿勢を正す。
「楽にしてくれ。話しかけられてばかりで食事が摂れてないんじゃないか」
「そういえば……そう、ですね」
マーチスを含めた団員たちと夢中で話していたせいか、キースに言われるまで空腹を忘れていたルピナスだったが、意識すると涎が出て来る。
キースが「俺に構わず食べて良い」と言ってくれるので、ルピナスは美しい所作で食事を始め、キースはその様子をじっと見つめた。
「先程の挨拶でも思ったが、君は所作が美しいな」
「そうでしょうか? おそらく貴族令嬢ならば、こんなものかと」
いや、元平民のルピナスにそんなことは知ったことではないが。しかし、確かにレーナよりは格段に所作が洗練されている自覚がある。
これも全て、ルピナスが仕事の合間を縫ってレーナの家庭教師の先生に指導を受けた成果だろう。
(それに、今思えばルピナスって凄かったのかも。よく先生に褒められたし、多分優秀なのね)
ぱく、と牛肉を口に放り込み、記憶が戻る前のルピナスに称賛を送った。
「それに……傷のこと、強いな、君は」
「え? 申し訳ありません、何か言いました?」
「……いや、何も」
食べることに必死で聞き逃してしまった。しかし何もというキースに、深く尋ねることもないかとルピナスは追求しなかった。
(それにしても、さっきのマーちゃんの言葉、本当かな)
ちらりと隣を見れば、キースも同じように食事を摂っている。伏せ気味だからか長い睫毛が頬に影を作り、そこから覗くグレーの瞳は美しく、冷たいというのも理解できる。
確かに見た目の話をすれば、氷と称されるの納得だ。昔と比べて性格も落ち着き、再会してからは今のところ一度も笑ったところを見たことがないので、クールな印象も頷けるが。
(キース様がずっと昔から好きな人がいるって誰だろう? 見当もつかないや。それに、その人以外の女性には基本的に冷たいって意味だよね? ……私はあまりそう感じないけど、むしろ優しいし)
とは思いつつも、記憶が戻ってから、キースが他の女性と話しているところを見たことがないルピナスには、正確な判断は出来ない。
ふむ、と考えていると、確か昔、キースはフィオリナに対して結婚に対しての話をしたことがあったことを思い出した。フィオリナと、同時期に結婚がしたいとも。
(じゃあ、あの時からその好きな子がいたのかな? 周りに同世代のご令嬢、いたかな……。あ、そういえばフィオくんの名前って愛する人からつけたって言ってたっけ。けどマーちゃんの言い方からすると、キース様の片思いなのね)
──長い間片思いだなんて、キース様は一途だなぁ。
ルピナスはそんなことを思いつつ、過去を再び振り返る。
当時は結婚というものに恋い焦がれていただけで、相手はフィオリナが死んでから出会ったのかもしれない。それなら知らなくても当然だよね、と納得した。
(うん、きっとそうよね。ほんの少しだけフィオリナの可能性も考えたけど、ま、ありえないわね。『大切な人』って言ってくれたけど、そういう意味じゃないだろうし)
当時十二歳の差があり、キースがフィオリナに恋をするとは考えづらい。
百歩譲ってフィオリナに恋愛感情を抱いたことがあっても、年上の女性に惹かれるという、よくある一時的なものに過ぎないだろう。
フィオリナが亡くなって十八年経つのだ。流石にキースが言うその人はフィオリナではないだろうと、ルピナスは小さく頷く。
「大丈夫です。キース様、私はきちんと分かっておりますから」
「……? 何がだ」
「……!? 私っ、口に出して!? いえいえ、何でもありません……! 気にしないでください!」
おかしなやつだ、と言わんばかりにじっと見つめてくるキースに、ルピナスは乾いた笑みを零す。
それから変な汗が出てきたので、顔を手で扇ぐと、キースは食事を終えたのか、身体をルピナスの方に向けた。
「ルピナス、改めてよろしく頼む」
「……! こちらこそ、よろしくお願いいたします、キース様……!」
(そういえば私のことを気にかけてくれてるってどういうことだろう? 話半分で聞くよう言われたし、ま、いっか)
ルピナスは自問自答をして、再び食事にありつく。
明日から本格的に始まる、二度目の騎士見習い生活を頑張らなくては、と気合を入れた。──というのに。
◇◇◇
「おいお前、最近入った騎士見習いの女だな!? 調子に乗るなよ……!!」
早速トラブルに巻き込まれ──いや、首を突っ込む自分に、ルピナスは後に天を仰いだ。
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