第十一話 騎士たちの歓迎
ルピナスを呼びに来てくれたのは、同じ騎士見習いのコニーである。
騎士団塔内でルピナスのことは噂になっているらしく、興奮気味に「魔物を退治するなんて凄い!」と詰め寄られたのは数分前のことだ。
それからは簡単に互いの自己紹介を済ませると、コニーの年齢が十六歳でルピナスよりも二つ歳下ということが判明した。
互いに騎士見習いということと、年齢ではルピナスが上だが、騎士見習いではコニーが先輩に当たることから、二人は気楽に話そうという結論に至ったのは、ルピナスがそれを強く望んだからだった。
「けどルピナスってお貴族様なんでしょ? 平民の僕がこんなふうに砕けた話し方して良いのかな……」
「何を言ってるのよコニー! 騎士の仕事に出自はそんなに重要じゃないし、むしろ後輩の私が先輩のコニーを敬う方が妥当だと思うけど?」
さも当たり前のように言うルピナスに、「敬うなんてやめてよ〜」と焦ったように言うコニー。
丸坊主で眉尻を下げるコニーの姿は、まさに人畜無害というに相応しい。
(コニー、なんて性格の良さそうな良い子なの!)
二度目の騎士見習いだが、性格の良さそうな同僚に、ルピナスは溌剌とした笑顔を見せる。
それから、現在、第一騎士団には騎士見習いがコニーとルピナスの二人しか居ないことや、大量にある家事雑用などは新人騎士も担当してくれているなどの話をしていると、いつのまにか団員たちが集まる食堂に到着したのだった。
「じゃあ、僕は後ろの方に居るから、まずは団長に挨拶してね」
「ええ、コニーありがとう! これからよろしくね」
「こちらこそだよルピナス」
どうやら、騎士見習いの間は食堂の後方に座るという暗黙のルールは、十八年前から変わっていないらしい。
(さて、行きますか)
小走りで食堂内に行くコニーの背を見送ってから、ルピナスはすでに開放されている入り口から食堂に入る。
すると入口付近にはキースの姿があり、ルピナスは急いでキースの元へ向かうと「お疲れ様です」と声を掛けた。
「ああ、来たか。団員たちが集まってるから、今から君のことを紹介しようと思うんだが、良いか?」
「はい、もちろんです。あ、あとお借りした隊服なのですが、明日洗濯してからお返しすれば良いですか?」
「別にそのまま返してくれても構わないが……好きにしてくれ」
「分かりました!」
ルピナスのハキハキとした返事を聞いたキースは、立ち上がって団員たちに注目するよう指示を出す。
ルピナスを自身の隣に来るよう指示をすれば、大きく口を開いた。
「彼女はルピナス・レギンレイヴ。知っての通り、今日俺たちの仲間を救ってくれた恩人だ。騎士見習いとして第一騎士団に入ることになったから、皆色々と教えてやってくれ」
「ご紹介に与りました。ルピナス・レギンレイヴと申します。皆様、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
フィオリナだったときも団員たちの前で挨拶をしたと記憶しているが、動きは全く違う。
平民として生きた前世では絶対にしなかったであろう優雅なカーテシーを見せたルピナスは、あまりにも自然なそれに自分自身でも驚きを隠せなかった。
(ルピナスとして学んだ淑女教育が、無意識に出てしまった……!)
全く悪いことではないし、どころか貴族としては当たり前のことなのだが。フィオリナとしての意識が強いためか、違和感は拭いきれない。
しかし団員たちからパチパチと拍手が起こった瞬間、ルピナスはほっと胸を撫で下ろした。
(良かった……! とりあえず歓迎されてる……気がする!)
魔物を退治し、団員に処置を施したおかげもあってか、ルピナスに対する団員たちの目は優しい。どころか、感謝や尊敬の眼差しまで向けている者もいる。
一同は挨拶が終わったルピナスをとりあえず椅子に座るよう促すと、自分の名前を述べながら「本当にありがとう」「どこで剣術を?」「今度手合わせしようよ」など、代わり代わりに話しかけた。
(良かった。傷物令嬢のルピナスだと、貴族の多い騎士たちから何かしら嫌な目を向けられるかと思っていたけど、本当に歓迎してくれているみたい。そもそも傷物令嬢って単語が出ないし、知らないのかも?)
ルピナスの名前だけではピンときていないのか、それとも傷物令嬢という言葉は、ルピナスが思っているよりも広まっていないのか、もしくは皆、わざわざ口にすることではないだろうと気を遣ってくれているのか。
そしてそれは、その場にいた殆どの団員たちと言葉を交わした直後に分かることになる。
「なあ、ルピナスってあの『傷物令嬢』──あっ」
「おい……!」
さらっと傷物令嬢を話題に出した団員のさぁーっと青ざめていく顔に、気まずそうに止めにかかる団員。その二人を微妙そうな顔つきをして沈黙する周りの団員たち。
(あ、知ってて黙ってくれてたのね)
思いの外早く分かったその理由に、家族や元婚約者と違って彼らが傷物ということを理由に虐げるような人間ではないことをルピナスは悟ると、青い顔をした団員にニコリと微笑んだ。
「はい。私は産まれたときから身体に傷があって、傷物令嬢だなんて呼ばれています」
あっけらかんと言うと、「ごっ、ごめんなルピナス……」と謝罪される。どうやら、表情に出さず怒るタイプだと思われたらしい。
少し離れた位置から急にキースが立ち上がったのは目の端に捉えたが、ルピナスは慌てた様子で「謝らないでください」と口にした。
「事実ですし、謝るようなことじゃないですよ」
「いや、そうかもしれないけどさ……」
「それに私、今はこの傷が嫌いじゃないんです。私の一部で、これが私だから。……だから本当に気にしないでください! 腫れ物扱いなんてせずに、気軽に話してくださると嬉しいです」
これは騎士の誇りなのだ。ようやくキースを守れたときの、フィオリナの勲章なのだ。何一つ恥じることはない。
だからルピナスは、傷物令嬢と呼ばれることも、記憶が戻った今では全く意に介してなかった。
(ま、とはいえ、家族と元婚約者のことは許してないけどね! 今後関わらないだろうから、別にどうだって良いけど)
傷物令嬢だと揶揄され、社交界に一切顔を出さなかったことから、傷があることを相当気にしているのかもしれないと思っていた団員たちは、あまりにさっぱりとしているルピナスに呆気に取られた。
しかしルピナスが今と表現したことで、まさか前世の記憶があるだなんて思いもしない面々は、過去に色々とあったが乗り越えたのだろうと解釈し、そして三者三様の反応を見せた。
「ルピナスは格好良いな〜」と尊敬するもの。「お前は漢だ……! 漢だぜ……!」と涙を流すもの。「ここにはお前の味方しかいないからな」と肩をぽんと叩いてくるもの。
そんな団員たちを見ていると、何にせよ、ルピナスとして生まれ変わった人生も悪いことばかりではないな、と思えてくる。
「先輩方、これからよろしくお願いいたします! もちろんコニーもね!」
「おお!」
「うん! もちろんだよ!」
不穏な空気は一転し、和気あいあいとした空気が流れる中、おもむろにキースは再び腰を下ろした。
そんなキースとルピナスたちのやり取りを遠目で見ていたマーチスは、キースの耳元に顔を近づけると、妖艶な声色で囁いた。
「あらあら、まあまあ。出番がなかったわねぇ」
「……! 煩い」
「ふふ。それにしても想像していたよりさっぱりとした良い子だこと。あたしも挨拶してこなくっちゃ」
「余計なことを言うなよ」とキースに釘を刺されたマーチスだったが、その釘がうまく刺さっていなかったことを知るのは、直後のことだった。
読了ありがとうございました。
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