第十話 氷の騎士様は一途過ぎる
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「キース、昼間のこと本当なのぉ? 貴族のお嬢ちゃんが魔物を倒して、団員に応急処置まで施したってぇ?」
「ああ。この目で見た。事実だ」
夕方になり、仕事が一旦落ち着いたキースは団長室の窓際に座りながら、日が落ちかけている外を見つめる。
(……ルピナス・レギンレイヴか)
怪我を負った団員が興奮気味にルピナスの当時の様子と助けてくれたことへの感謝を口にし、それを付き添っていた団員が広めたことで、今や団員たちの間ではルピナスの話でもちきりだった。
しかも、そんなルピナスが騎士見習いになるということも既に騎士団塔内では広まっているらしい。
噂話の真相を聞こうと団長室を訪れた副団長──マーチス・スライヤーが、ほっそりとした脚を組み直しながら、質問をぶつける。
「そんな子がいるなんてびっくりよねぇ。騎士見習いになるんでしょう? さっき団員たちが噂してたわ。夕食のときに紹介する運びになってるのよねぇ? あたし、今から楽しみだわぁ」
「……マーチス、彼女は女性だ。他の団員にするような過度な接触はするなよ」
「そのあたりは心得てるから心配は無用よ! って、キースったら! 『マーちゃん』って呼んでって言ってるじゃない! もぉ!」
「…………ハァ」
鮮やかなピンクの髪を耳にかけ、ぷりぷりと怒った素振りを見せるマーチスは、言葉遣いはどうであれ、正真正銘男である。
キースが十五歳のとき騎士団に入ってからの旧友であり、今や相棒のような存在だが、未だに『マーちゃん』と呼べと言ってくることだけは鬱陶しかった。
「その子の名前って、何て言うの?」
「ルピナス・レギンレイヴだ」
「あらぁ、子爵家の子ね! しかもルピナスって……確か姉の方でしょう? ほら、確か……『傷物令嬢』って呼ばれてる!」
「傷物令嬢?」
キースは公爵家の人間なので社交界に参加することはあったが、それは本当に必要最低限、王家が主催するものだけだった。
現在公爵である父と次期公爵の義兄は政治的な思惑からもそれなりに参加していたが、爵位を継がないキースにはあまりメリットがなかったから。
「知らないの? 社交界では結構有名よぉ? キースってば、騎士団に入るために王位継承権を放棄したとはいえ、もう少し貴族のあれこれに耳を傾けたらぁ?」
王位継承権を持つ者は、騎士団や魔術師団などの命の危険に晒される機関に、基本的には所属できないようになっているのである。
ここアスティライト王国では、一人だけ例外はいるが、その話はさておき。
「で、傷物令嬢とは何だ」
「言葉のまんまよ。産まれたときから身体に大きな傷があって、令嬢として無価値だと言われているのよ。傷物令嬢って言葉とルピナスって名前だけは有名だけど、社交界では一度も見かけたことがないわね。……まあ、おそらく華やかな人生を送ってきていないことだけは確かだわねぇ」
貴族のあれこれに疎いキースでも、同情を孕むマーチスの瞳に、大方の想像はついた。
家から出ないようきつく言い渡されて不自由な生活を送っているか、自身を無価値だと思いこんで引きこもるか、はたまたもっと酷い扱いか。
よくよく思い出せば、ワンピースは薄汚れていて、令嬢とは思えないような髪の傷み方だった。
(確かにルピナスは家出をしたと言っていたな。だがあまり悲壮感は感じなかった。……まあ、俺がどうこう考えることでもないか)
ルピナスに傷があろうがなかろうが、実家でどんな目にあっていようが、実際のところ、それは大きな問題ではない。
騎士団長としてキースは、有能な人間ならば大歓迎、と単純に割り切りたかったのだが。
「……騎士たちの殆どは貴族だ。お前の話が本当なら、あいつらもルピナスが傷物令嬢だと呼ばれていることは直ぐ見当が付くだろう」
「……? ええ、そうねぇ」
「うちにそんな小さなことを気にするような愚かな奴は居ないと思うが、俺が居ないときはルピナスのことを気にかけてやってくれ」
「あらあら、まあまあ!!」
ルピナスは団員を救った恩人だ。騎士見習いとなった今、仲間だ。それにあんなに高い実力を持った人間を、簡単には手放したくない。
だから多少は気にかけないと──と思い、告げたキースだったが、マーチスがあまりにニヤニヤと口元を緩めるので、ギロリ、と睨み付ける。
「やだぁ〜怖いわ! 珍しくキースが女の子を特別扱いするから顔に出ちゃっただけじゃない! 街でどんな美女に話しかけられても、たまーに社交界に出て令嬢にきゃーきゃー言われても一切靡かなくて、ついには氷の騎士様なんて──」
「その名で呼ぶな。周りが勝手に言ってるだけだろ」
「はいはい。怒らないでよぉ」
「それにしても、キースが女の子に対してそこまで気に掛けるって、本当に珍しいわねぇ」と続けるマーチスに、キースは無言で視線を逸らした。
(そんなの、俺だってそう思ってる)
普段は女性がいない職場とはいえ、女性と関わろうと思えば、関わる機会はいくらでもある。
しかし、今までのキースは一切関わろうとしてこなかった。
心に決めた大切な女性がいるため、他の女性のことなんて毛ほどに興味がなかったからだ。
(初めてかもしれない。彼女以外に、ほんの少しでも興味を持ったのは)
十八年前に亡くなった大切な人のことを思い浮かべてから、キースは今日のルピナスの行動や言動を、思い返す。
『緊急事態なので、お借りしますよ、と……!』
そう言って、剣を振る姿は、いくら修行をしていたとしても素人のそれには見えなかった。
(それに、剣を振るう姿が不思議と、過去に何度か見た彼女とダブった)
躊躇することなく服を破り、応急処置をする姿も手慣れているように見えたし、実践を経験済みの間者か暗殺者か何かかと、キースは疑ったものだ。
それに魔物や騎士見習い制度についても知識があり、ルピナスという女性は何者なのかと、得体の知れない感情が込み上げてきたのは事実だ。
(しかも、あの癖……実際に見たことはなかったが、確かに話してくれたことがあったな)
『女の子扱いされると、どうにも顔を隠してしまう癖がありまして……』
今日だけで、二つも彼女とルピナスに繋がりを覚え、偶然にしても心臓に悪いとキースは内心嘆く。
(だが一番はあの質問か)
『あの、もう毎日辛い思いをして泣いたりは──』
(あれは一体、どういう意味だ)
まるで過去に泣き虫だったことを、母から虐げられていたことを知っているみたいだ。
その事実は公にしていないから、そんなはずはないのに。
ルピナスは騎士は辛いこともあるだろうから尋ねたと言っていたが、どうにも腑に落ちない。キースの目がすっと細められる。
(まあ、良い。考えるだけ時間の無駄だ。それに、別にどうだって良いだろう。俺は──)
ふぅ、と一息ついたマーチスは、「ねぇ」とキースに話しかけた。
「ルピナスちゃんに一目惚れした可能性はないのぉ?」
「──は?」
「その顔こっわぁ! 冗談よぉ! ないわよね〜。キースは昔から、一途に愛してる人がいるんだものねぇ?」
「……分かってるならいちいち変なことを言うな。鬱陶しい」
いくら爵位を継がないとしても公爵家の人間ともなれば、数え切れないほどの縁談が舞い込んできている。
しかしキースはそれを『昔から愛する人がいるから』という理由で毎回蹴っているのだ。
毎回決まったようにその台詞を吐くので、貴族たちの中でキースが『誰かに恋い焦がれている』ことは周知の事実であった。
中には、縁談を断るための常套句だと思っている者もいるらしいが。
「まあ、何にせよ、未来は誰にも分からないってことよね」
「……? どういう意味だ」
「さあ? 自分で考えなさい! じゃあねぇ〜」
──パタン。
聞きたいことを聞いて話したいことを話して、颯爽と部屋を出ていくマーチスに、キースは何度目かのため息をつく。
それから立ち上がってテーブルの引き出しを開け、所々に水滴の跡がある古い日記を優しく撫でた。
「未来も何も──俺は生涯フィオリナしか愛するつもりはない」
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さっさとルピナスがフィオリナなのバレろ〜! っても是非……!