リアムと未来の義父
ヴィクトリアに息抜きをして欲しいと願う時、リアムが用意するのはいつもカモミールティーだ。柔らかい香りに安心したように微笑む顔が好きだ。
一日のほとんどを自室で過ごしているヴィクトリアに忠告紛いのことをして、部屋を出たリアム。扉の前でうろうろしているアルフレッドには、もちろん気配で気づいていた。
「リアム。ヴィクトリアの様子は?」
「旦那様は意地が悪くていらっしゃる」
自然と棘のある声が出てしまった。しまった、と自分の失態に内心焦るも、アルフレッドはしょんぼりと肩を落としただけだった。
「仕方がない……。ヴィクトリアもあと半年で卒業、成人だ。領地の仕事にも関わってもらわねばならないし、この程度のことは一人で解決できなければ」
娘を追い詰めていることに落ち込んではいるが、言葉はきっぱりとしたものだった。
アルフレッドの考えは分かる。ヴィクトリアはアイラ公爵家の後継者だ。家臣も領民も、皆が彼女に期待している。立派なアイラ領主になることを。
この家に生まれた以上、それ以外に道はない。
「お嬢様のお心が平常であれば、エルベールなど視界にも入らぬ虫ケラでしょう」
けれどリアムは、戯言だと分かっていながら言わずにおれなかった。
「ですが、今のお嬢様は不安定です。旦那様とて分かっておられるはず」
「お前は本当に、ヴィクトリアのこととなると一直線だなあ」
苦笑したアルフレッドは、すっと目を細めてリアムを見据えた。思わず体が震える。この切り替えは、何度見ても本当に慣れない。
「確かにヴィクトリアの動揺は強い。あのギルバートにしてやられた時からな。そしてリアム、それはお前もだ」
「……」
「互いが大事なのは分かるが、今のお前たちは感情に振り回されすぎだ。その顔を見ると自覚があるようで何よりだ。ヴィクトリアは焦りと恐怖が先に立っているようだが」
意識して呼吸をしないと、すぐに詰まってしまいそうだった。
分かっている。またも引き離される事を恐れて、普段通りを努めているはずなのに空回る。
あんな男にヴィクトリアを奪われたくない。主従としても、婚約者としても。ヴィクトリア以外の意思で引き裂かれることは許容できない。
だからみっともなくも主張してしまった。傍にいたいと。結果、それがさらにヴィクトリアを焦らせてしまっている。このままでは駄目だと気づいているのに、更なる失敗を招くことを恐れて言葉が慎重になる。それでは何も伝わらない。
悪循環。泥沼だ。
「問題はこちらの状況を考慮してくれない。いかに心が乱れていようと、対処すべき事態は起こる。ヴィクトリアにはいい機会だ。あの子は今まで、あらゆる物事を平然とこなしてきたからな。そして」
アルフレッドはリアムの肩を叩いた。
「お前はもっと視野を広げた方がいい。ヴィクトリア一筋がすぎる」
「私にはヴィクトリアお嬢様だけです」
「そういうところだ。盲目に尽くすだけが忠誠ではないぞ」
反射的に返すと、呆れた顔をされてしまった。
そうは言われても、それがリアムの生き方なのだから仕方がない。とっくの昔に定めてしまった。
「従者としては優秀でも、婚約者という立場になればまた変わる。そうだな、素直に感情をぶつけるところから始めたらどうだ」
「お嬢様に嘘をついたことはありませんが……」
「何を感じているか、までは言わんだろう。従者ならばそれが当然だろうがな」
アルフレッドの言葉の意味が読み取れず、リアムは眉間に皺を寄せた。
ヴィクトリアに嘘をついたことも、何かを隠したこともない。リアムは自分が望むまま、愛する主人に仕えている。
「従者なら従者、パートナーならパートナー。振る舞いだけでなく、自分の感情も切り替えられるようにならなければ」
「何よりも大切、というだけでは駄目ということでしょうか」
「そうだな」
アルフレッドはにやりと笑う。
「リアムはすべての感情をひとまとめにするからいけない。ヴィクトリアはそれに引きずられている節がある」
「……私のせい、ですか?」
「お前のせいでもあるし、あの子が未熟なのもある」
完全に言葉を失ってしまった。今この状況に至ったすべての原因が、リアムにあると言われた気がしたからだ。
ならば、リアムは何をするべきだろう。大切なヴィクトリアのために、何ができるだろう。
黙り込んだリアムに、言っただろう、とアルフレッド。
「もっと素直になりなさい。お前は誰かに言われなければ、いつまでも自分を顧みない。この機会に、ヴィクトリアと一緒に学ぶことだ」
「……はい」
「よし。忘れてもらっては困るが、お父様はお前のことも息子のように思っているのだからね。本当の息子になる日を待ち望んでいるよ」
リアムは目を瞠った。
そんな風に思われていたなんて、知らなかった。
「ありがとう、ございます、旦那様」
深く下げたリアムの頭に、アルフレッドがぽんぽんと撫でるようにして触れる。
ヴィクトリアとは違うその手は、父を知らないリアムにとって泣きたくなるくらい暖かかった。




