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人食い駅  作者: Kazuki
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人食い駅:前編


 私の通う学校の近く、正確には降りる一つ前の駅には人食い駅と呼ばれる駅がある。

 もちろんそれは誰かが呼び始めたもので、正しくは”内海駅”である。

 市内に複数ある駅舎の中でもこじんまりとした駅舎。

 山林の中に建てられたその駅は、歴史を感じさせる程に劣化し寂れた木造の建築であるが古びてなお現役であった。

 

 私の住む地域は内陸だが、件の駅裏には大きな湖が存在した。

 この湖は古くからは近隣の住人が憩う場として存在していたが、如何せん都市部からアクセスが悪い。

 車で行こうものなら、途中で車を降り山林の中を一時間は歩くだろう。

 昔は近くに村があったようだが、今は野ざらしにされた空き家が幾つかあるばかり。

 町が発展するにつれ、より開けた開発しやすい土地へと住民たちは移っていき村は廃れていった。

 交通機関が発達し、線路を開通させる際に観光地の一つにしようという考えが持ち上がり駅を作る事にしたという。

 そこで、内陸で海のない代わりと言う事で駅名を内海としたとの事だ。

 観光ならば道路も整備して車でも行けるようにするべきではと言った当たり前の意見も出たが環境維持、主にゴミのポイ捨てによる環境や景観の悪化を懸念し敢えて整備は行わなかったらしい。確かに昨今では誰が立ち入るのかもわからない森の中ですらゴミが落ちていたりする。容易にゴミになるものを持ち込まないように制限をかけるのは理解ができた。

 その湖の正式な名前は記録にはない。

 だが、昔から周辺に住んでいた住民たち──。

 今はもう子孫達しか残されていないが、当時村に住んでいた人たちはクチナワ湖と呼んでいた。

 理由は単純で蛇が多く生息しており、よく湖にも集まっていた事から呼ばれるようになったらしい。

 口伝でしか伝わっておらず内容は曖昧だが、まだ村が栄えていた頃は蛇神様がいるとして信仰の対象として大事にされていたと聞く。

 その信仰心のおかげか、不思議な事に湖に集まる蛇は今も湖に来る人間を襲う事はない。

 まるで自然の一部といった感じで通り過ぎる。

 捕まえようとするも器用に逃げられる。

 掴むとぬるりと滑り落ちる。

 だが触れるのは容易で、蛇は人間を警戒していなかった。

 それどころか、わざと人の前に現れて日陰で休む。水に浸かるなど不用心な姿を見せてくるらしい。

 その無害さから湖の見どころの一つとして数えられており、一部の愛好家達からは充分な支持・支援を受けて今に至る。


 ──話を戻そう。

 この”内海駅”だが何故人食い駅と呼ばれているのか。

 私がこの地域に引っ越して来た時には既に呼ばれていた。

 興味本位で幾らか調べた結果、付随して先述の駅の成り立ちを知った訳だ。

 私は此処に住んで5年程経つ。

 初めて人食い駅について聞いたのは学校で誰かが話しているのを耳にしたからだ。

 その単語が妙に耳に残ったのを今でも覚えている。

 結果、周囲の人に聞くという行為に至った。

 何でもその駅は数年に渡り何人か行方不明者が出ているらしい。

 捜査する地元の警官たちも慣れたものなのか事件は大事にならない。

 にも関わらず、人の口には戸が立てられないのか地元では噂が瞬く間に広がった。

 私の知る限り此処に越してから、3人程行方不明になっている。

 直近では去年に一人消えている。

 テレビのニュースで見る事はないが、地元の地方紙では小さな記事を見た事があった。

 まぁ、どれも学校で噂話を聞いた後に確認した結果ではあるのだが。

 そんな折にふと気づいた。いや、地元の人間ならば良くあることかもしれない。観光地が近場だといつでも行けるからと結局行かない事が。

 私は人食い駅で降りた事がない。いつも朝と夕方停車する電車の中から眺めているだけだったのだ。

 これだけ人食い駅について気なっていたのに現地に行った事がない。

 気づいてしまうと不思議な気持ちであった。

 何故今まで気づかなかったのか、行かなかったのか気づいてしまうと落ち着かない。明後日は休みだ。

 ついぞ重い腰を上げる時が来たようだ

 まるで課外学習、フィールドワーク。

 私が調べた事以上の情報があるはずだ、あって欲しい。

 明後日の事を考えると童心に返ったように心が躍った。

 自分の知っている事をまとめたノートを持ち、現地取材と洒落こもう。

 明日は平日なのを忘れて夜遅くまで情報収集、考察をしてしまい遅刻しかけたのはご愛敬。


 本日は快晴微風。空を泳ぐ雲は私達を眺めているようにゆっくりと流れていく。

 太陽が青空を照らし、青々とした植物の葉が空に映える。

 自然の一部と化した古びた駅舎は、どこか郷愁を感じさせた。

 駅のホームに踏み入ると、板張りで作られたホームが軋んだのを足の裏で聞く。

 質素な作りではあるが看板とホーム、幸いな事に雨風から身を守る程度の待合室が設けられていた。

 私は足の裏を擦るような感触を楽しみながら日光から逃げるように待合室へと入る。

 甲高い音を立てながら木製の引き戸を引く。

 ここから先は電車内からは見えない。

 室内を見渡す。

 3坪程度の小さな待合室。壁には一時間に一本の記載がある時刻表、安全に関するポスター、クチナワ湖の観光ポスターが張ってあった。ところどころ剥がれかけ色褪せた壁紙、天井には二本の蛍光灯、ホームから地続きの床板。線路側と湖側に窓が一枚ずつ、湖側には出入口が設けられている。これだけならば古びた普通の待合室だが1ヶ所、線路側の窓上に小さい神棚の様な物があった。交通安全祈願の物かとも考えたがどうも違う。お札なども無く、化粧のない普通の板を組んだような無造作な作り。形だけ見れば鳥小屋の正面の壁がない見た目をしている。自分の目の高さでは神棚の中を覗く事が出来ない。周囲には足場になる物もない。しばし逡巡したのちにスマートフォンを取り出し、カメラを起動する。腕を伸ばし画面を確認しつつ、細かな調整を行い写真を撮った。

 「……蛇?」

 神棚の中には岩に巻き付いた蛇のような置物があるのを確認する事ができた。

 ──ふむ、これは知らない。

 人食い駅の噂話ばかりを追っていたせいで駅の設備に関しては調べた事がなかった。

 恐らくはまだ村が栄えていた頃の信仰の名残、蛇神様を象った物だろう。これに関しても帰ってから調べるとしよう。

 湖へ行こうと駅裏へ続く引き戸を開いた所で何かが落ちる音が聞こえた。

 引き戸に手をかけたまま待合室を振り返る。正面の窓から入る逆光もあり最初は気づかなかったが窓の下、神棚の下に一匹の蛇がいた。天井に穴はない。どこから落ちてきたのか窓下にいる蛇はじっとこちらを見ている。……私は蛙だったようだ。不意の出来事に体が固まって動かない。知識では此処の蛇は人を襲わないと知ってはいた、だが、そもそも野生の蛇と近距離で対峙したのが初めてだ。普通の蛇であれば威嚇をするのだろうか、襲ってくるのだろうか、逃げてくれるのだろうか。対応のわからない自分に出来るのは眼前の蛇に注意を向ける事だけだった。

 幸いな事に情報は正しかったようで、一頻り私を眺めた蛇はするすると体をくねらせると床板の隙間から消えていった。

 ゆっくりと呼吸を繰り返し待合室を改めて見渡す。もう蛇はいない。安堵の息を吐き、待合室に背を向ける。どこか後ろ髪を引かれる思いが残ったが、引き戸を閉じて断ち切る。湖で蛇に遭遇する前に接触できたのは僥倖だったのかもしれない。何の心づもりもなく大量の蛇に囲まれては調査どころではない。蛇一匹に固まってしまう自分は、まず蛇に慣れる所から始める必要があると恐る恐る木で舗装された桟橋のような道を進む。木漏れ日の射す桟橋は風でチラつき表情を変え、そよ風は緑を鼻へ運ぶ。足を止め呆ける。風が自分を置いていき草花を凪いで行った。木々が揺らぎ、日光に照らされた枝葉が七変万化色を変える。自分以外が変化していく世界は浮世離れして見えた。

 ふと足に違和感を覚え、意識が立ち返る。想起する原因を杞憂だと祈りつつ、恐る恐る視線を落とした。二匹の蛇が自分の足首を起点に左折して林へと消えていった。……意味が分からない。なぜ彼らは自分の足首を経由した? 蛇への恐怖を誤魔化すように彼らの思考を読み取ろうと努力しつつ、私は歩を進める事にした。


 道すがら何匹の蛇と遭遇したかわからない。途中からは気にしない事にした。話を聞くに彼らは無害で実際危害は与えられていない。彼らからすれば私も背景のような、路傍の石のような存在なのだろう。ならば私も彼らを路傍の石と思おう。開き直るために独自の理論を立てる自分に面倒な奴だと自嘲したが、存外に有効であった。蛇に気を取られてびくびくしていたのが嘘のように気にならなくなった。どうやら不可侵条約の締結には成功したらしく、湖につく頃には何匹かには名前を付ける余裕さえ出来ていた。

 木の枝で出来たトンネルを抜けた先、自分が思っていたよりも大きな湖が姿を現した。

 山林の中、そこだけ穴が開いたように湖がある。

 そよぐ風に踊らされる水面は、太陽の光を小刻みに反射させ蛇の鱗の様相を呈していた。

 やや横長の楕円を描く湖は、歩くと一周30分程かかりそうな大きさであった。

 幾人かは先客も存在している。

 私は一つ息をついて空を見た。

 快晴の空から覗くように、太陽は私たちを照らしている。

 「ちょっと暑いな」

 遮るものがなくなり陽光が直接肌を焼く。

 だが空気は心地いい冷たさを保っていた。

 湖から立ち上る空気は冷たく、日陰は快適な温度であった。

 目的地に着いた事で休憩しようと木の幹に背を預け、腰を下ろす。

 肉体的は疲労より、精神的な蛇疲れが大きい。

 地面が柔らかく、草が生い茂りひんやりとした土の冷たさが伝わってきた。

 するすると蛇が足の上に登ってきたが、もう騒ぐ気にはならない。

 慣れと疲労から視線だけ蛇に落とす。

 胡坐をかいた太腿の上を白い蛇が這っていた。

 白い頭を持ち上げ赤い双眸を覗かせる。その赤い瞳は間違いなく自分の目を見ていた。唐紅の瞳に魅入られるように視線を外せない。チロチロと明るい色の舌を出すと蛇は顔を背けて、林の中へと草を掻き分けていった。

 目を閉じると太腿に蛇の這う感触が蘇る。

 しばし休憩後に立ち上がった。

 スマートフォンを取り出し湖の全景を撮るが、一枚では収まらないので二枚に分けて取る。

 遅れて白蛇の写真も撮りたかったと後悔した。


 結論から言って特段変わった所のない湖であった。

 蛇を観察していた人にも話を聞いたが湖の来歴に関しては知らないらしい。ただ、この湖の近辺に関しては本来の生息域ではない蛇がおり、縄張り争いをする事なく平穏に暮らしているとの事。話を聞くだけでも不思議であったが、観察に来ていた人は興味深げに色々と話してくれた。その中で彼は、

 「本来縄張り争いする蛇達が争わないのは、きっと蛇達に何かしらの社会的なルールがあるんだと思います」

 と、言っていたのが気になった。

 

 

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