三踏目『どじを踏んだら、いびられましたわ』
救国の乙女の仕事は民の文句聞き係だけではありません。
時に、貴族の皆さんや他国のお偉いさんにもお会いするというちゃんとしたお仕事もありますわ。
その為、貴族としての教育はみっちりつけられましたわ。それはもう、みっちり。
私を導いてくれたのは、イビリー先生。
ええ、そらもう大した先生ですわ。
私には厳しく厳しく接して下さいましたわ。
そう、城ぶっ壊れ事件の始まりはその前々日、イビリ―先生の厳しい厳しい授業を受けていた時から詳しく話さねばならないでしょう。
その日、私はイビリ―先生の授業を、私の部屋の上の階(一階)にある部屋で受けておりましたわ。イビリ―先生は、相変わらず、狐のように吊り上がった細い目を、さらに鋭くし、私を睨みつけていました。
もうババア様なので、眼鏡をかけているのに、そんなに細くしないと私が見えないのでしょうか。
その眼鏡を何度もクイクイあげながら、ド派手なドレスのような服をはためかせながら、うろうろと私の周りを歩きます。
「フミ様、襟が数ミリよれていますねえ」
出ましたー! イビリ―先生の服装チェックですわ。
眼鏡かけてもそんなに細くしなければならない目でどうしてミリ単位のズレがわかるんですかという気持ちを押し殺し、謝ります。
「申し訳ございません」
ここで謝らないと、どんどんミスを捏造されます。
襟を直す振りをして、スカートに皺を寄せたり、ぐいと引っ張り姿勢を悪くさせたり、髪の毛を引っ張ったり、とにかく、何か叱りたいのです、この人は。
「謝ってすむのならば、騎士団はいらないのですよお? お気を付けください。田舎育ちの黒髪なのだから」
いら。
っとはしますが、顔には出しません。
もうずっとコレなので私も最善の方法は分かっています。
ただ、耐え忍ぶのです。
イビリババア様のご高齢故の癇癪なのですから。
「はい、気を付けます」
「ちっ。では授業を始めましょう」
舌打ちしやがりましたわ! 毎回毎回聞こえるくらいのデカい舌打ちかましてくれやがりますわね!
「では、授業を。本を読みなさい」
はい、これですわ。
イビリ―先生は、とにかく本を読ませましたわ。
直接、教えを受けたことはありません。
そのくせ、
「ふむ、程よく時間が経ちましたね。では、その本の88ページ目を諳んじなさい」
これですわ。
何も教えないままに、読ませた本の暗唱をさせます。
間違えれば、
「あら~、やっぱりド田舎の黒髪は頭の中も真っ黒なのですね。なんにも入りやしない」
これですわ。
「ああ、頭の中身が胸にでもいったのでしょうね、田舎の淫売娘は」
ちなみに、私はそこまで胸があるほうではありません。ただ、イビリ―先生は、平野です。
なので、少しばかりしかない私の胸ですら憎しみの対象となるようです。
「全く、時間の無駄でしたね」
お前、何もやってなかっただろですわ。
「暫く自習してなさい。私は、席を外します」
そう言ってイビリ―先生は部屋の外で髪を直しながら出ていきます。
男を物色しに行っているそうです。
私の数少ないお付きの侍女が教えてくれましたわ。
先生の物腰同様のキツイ匂いがする香水を今日もまたしっかりつけていらっしゃいましたわ。臭かった。ですわ。
腹は立ちますが平和な時間です。
私は、本を再び開きます。
それでも、学ばねばなりません。
礼儀作法等身に着けておかねば、先生だけでなく、城の人間達にも酷く叱られますし、一般教養は実家では学ぶのが難しく、ここで出来るだけ身に着けておけば、仮に捨てられたとしても役には立つでしょうから。捨てられたとしたら。
何故私はここにいるのでしょうか。
救国の乙女とは思えない程の環境と言われ。
身に付けなければ叱られる教養を、本と数少ない友人になんとか教えてもらい。
名ばかりの婚約者で愛も与えられず。
今まで必死になって身に着けてきた技術も田舎臭いと蔑まれ。
母と同じ、大好きな黒髪を馬鹿にされ。
踏んだり蹴ったりの人生。
その時、ちり、と私の身体の中で何かが焦げ付いたような気がしました。
その何かに戸惑っていると、乱暴にドアが開けられます。
「全く! このお城の人たちはちゃんと仕事しているのかしら! どこにもいないじゃないの!」
先生、教えてあげましょうか。その香水をやめろですわ。
「フミ様! その本の、88ページ! 93ページ! 1ページをそらんじなさい!」
おい。ですわ。
「ふっ……ざっけんなー!!!!! ですわ!」
おっと汚い言葉が。
でも、大丈夫ですわ。
ここは地下ですから。
あの時のイビリ―先生の言葉をなんとか飲み込んだ私は、頑張ってそらんじるものの、感情がこもっていないと訳の分からない指摘を受け、散々いびられましたわ。
数学の教本でどう感情を込めればよいのでしょうか?
というか、数学の教本をそらんじるって何の意味があるのでしょうか。
そして、私は込められなかった感情の分をなんとか部屋まで持ち帰り今ぶつけている最中ですわ。
イビリ―先生の似顔絵を張り付けた藁の人形を踏みつけて。
お読みいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ何よりです。
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今日いくつか連投し、第一部完結までは毎日更新の予定です。