一踏目『地雷踏んだら、王子様の目が潰れましたわ』
今から数年前、国中の占い師や教会の人々が神のお告げを聞くという大事件が起きました。
そして、そのお告げの内容は全く同じ。
『フミ=シメールは救国の乙女となる人物である』
そして、探し出されたのがわたくしでしたわ。
フミという名もアズマから流れてきた私の一族独特のものでしたし、シメールも貴族として迎えられる際に頂いた家名でしたので、この国でフミ=シメールは私一人でしたわ。
私を含め家中の者が驚きました。
だって、わたくしの家は辺境の、ド田舎貴族、いえ、貴族というのも烏滸がましいくらいに貧乏暮らしをしておりましたから。
そもそも、東で国を追われ、流れ着き、鍛冶の技術や黄金を差し出すことでこの国に保護してもらった我が一族でしたので、ぶっちゃけ嫌われていました。
シメールという家名からもそれは伝わるかと思います。
それがどうでしょう、このお告げによって私は、都に呼ばれ、更には、王子様との婚約まで結ぶことになってしまったのですから、吃驚仰天でしたわ。
我が家にも十分なお金を頂き、私も王子様の婚約者として都の学園に通い、しかも、三食芋以外のものも食べられるのですから世界で一番の幸せ者、神様ありがとうございますですわ、と喜んだものです。
けれど、それは儚い夢でした。
まず、めっちゃ嫌われていましたわ。
田舎育ち、しかも、外から金で家名を買った、その上、この国では不吉とされる黒髪。
なので、数少ない友人に、芋以外も食べれて嬉しいですわ、日々の献立を言ったら、『王子の婚約者であれば、普通もっといいもの食べられるはず』と驚かれました。
それに驚きました。いや、多分それ食べたらお腹壊しますわ。
実家では、食うものに困ったら虫とか魔物とか食べていましたから。
その上、私の部屋は私を守るために地下にあると言ったら、『王子の婚約者であれば、普通上の階だし、守るなら護衛がつくはずだし、多分それ元地下牢とかだと思う』と驚かれましたわ。
それに驚きました。
実家では、『うえのかい』といえば、『飢えの会』という魔物狩りの会のことでしたし、自分の身は自分で守るのが一族の掟でしたし、地下あったかいですし。
更に、王子様とは月に一度手紙でやりとりをすると話したら、『王子の婚約者であれば、普通に会うだろうし、あの王子筆まめなイメージもないから多分それ誰か違う人が書いているんだと思う』と驚かれました。
それに驚きました。
代わりに手紙を書く仕事。そんな簡単な仕事が都にはあるのかと。
実家では代わりにテガリを狩る仕事はありましたが、手紙を書く仕事はありませんでしたわ。ああ、テガリは、大きな蟷螂の魔物で、人間の腕を好んで食べるのでテガリと呼ばれていますわ。コツは手を狙った瞬間に、身体を捻り、かわすと同時に後ろ回し蹴りを目にぶちかますのですわ。焼くとカリカリして美味しいですわ。
ということで、私は救国の乙女として迎えられたものの、形だけの婚約者で愛されていないということが分かりました。
まあ、その前にそう思わされるだけの出来事があったのはあったのですが。
婚約者である王子、ナルシス様は非常に見目麗しい方で、初めてお会いした時には、衝撃を受けたものです。目が潰れるんじゃないかと思ったくらいでしたわ。
だから仕方ないものだと思っていました。
ナルシス様がずっとこちらを見ずに、鏡ばかりを見てお話しするのは。
初めてお会いしてから、週に一回程度お茶会が開かれましたが、その間ずっとナルシス様はこちらを見ずにお話をされていました。
それも自分がどれだけ大変で優秀かというお話。
「今日も6時間しか寝ていなくてね……」
「全然、政治の勉強なんかしていないのに、急に一部任されてしまってね」
いや、勉強してない人に任せちゃダメだろうですわ、と思いましたが、これはただ自分が出来るアピールをしたいだけだったようです。
非情にめんどくさい会話をこっちも見ずに話し続けるナルシス王子に多少苛立ちを感じた私は思わず言ってしまいました。
「ナルシス様、こちらを見て私の話も聞いていただけませんか?」
その瞬間、鏡を落とし、ぱりんという音がお茶会を開いたお庭で鳴り響きましたわ。
そして、美しい顔をこれでもかとゆがめたナルシス様がこちらを向いて言い放ったのです。
「何故私が貴様のような田舎者の話を聞く時間を取らなければならなっ……うわああ! 黒髪を視界に入れてしまった! 目が! 目がぁあああああ!」
こちらを向いたかと思うと急に、両目を押さえ悶えるナルシス王子。
ナルシス王子は王族であること、自分自身がとても美しいことに誇りを持っており、田舎者で真っ黒な髪をした私をとても恐れていたようです。
その一件以降、王子様とのお茶会は中止となったのですが、その中止にさせてもらいたい内容と一緒に、しっかりとした謝罪と、黒髪に対する戸惑い、そして、改めて思い返してみると、吸い込まれるような美しい夜空のような色だった、また、少し今は任された仕事が忙しいので暫くは手紙のやりとりだけで許してほしい、愛しいキミへ、という内容の『手紙』が送られてきましたわ。
当時、私は、その手紙は王子様が自分で考え自分で書かれたものだと考えておりましたので、お茶会での一件はなかったことにしようと考えておりました。
が、友人の話を聞いて、改めて思ったのです。
あの自己陶酔野郎、腹立つですわ~、と。
お読みいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ何よりです。
よければ、ブックマークや評価をお願いいたします。