美しい世界
少しだけ残酷な描写が入ります。
悠、今は暑いだろ?今年はいい夏でな、毎日晴れててそこかしこで道に水まいてやがる。
この間なんか人の足にまで水ぶかっけてきたんだぜ?靴まで濡れちまったよ。
青い空に入道雲。ひまわりだったよな、お前の好きな花。あの、昔よく行ったひまわり畑、今年もよく咲いてたぜ。堂々と天に向かって大輪咲かせてたよ。また一緒に行きてぇな。
ああ、たまにいい風が吹くんだ。汗でベッタベタな時なんかはすげぇ気持ちいいんだぜ。
昨日は七夕だったよ。よく晴れてたから星が良く見えた。天の川まで見えたな。昔はお前織姫と彦星が会えたかなっつって煩かったよな。今年は会えたんじゃねぇか?一緒に見たかったな。
…自分は外に出てもどうせ見えないって?何言ってんだ。見えなくても俺が教えてやるよ。
きっと、お前と一緒に見たら綺麗なんだろうなぁ。
いつもありがと刹那。あはは、そっか今日も一日中外でお疲れ。へぇ、打ち水かぁ、いいね風流だね。
ほんと?!キレて怒鳴りつけなかった?あははっ、それは大変だ。ちゃんと乾かしておいてね。
あらほんとに暑そう。…へぇ、懐かしいな、あのひまわり畑。昔は小さかったからひまわりの中に入ると前も後ろもぜーんぶひまわりに囲まれちゃったよね。そこでかくれんぼしたりしてね、楽しかったなぁ!私、ひまわりのあのお日様に負けないように堂々と顔を上げてたってる姿が大好きなのよ。ほんと、また一緒に行きたいね。
風ね!夏に吹く風って生ぬるくてもすごく気持ちいいのよね!風鈴がいい感じに涼やかで!
昨日七夕だったんだ!…だって織姫と彦星は一年に一回しか会えないのよ?寂しいに決まってるわ!その上雨が降ってたら会えないのよ?…今年は会えたのね。良かった。一緒に見たかったね。
…でも、どうせ私は外に出ても何も見られないわ。星も、入道雲も、青い空も、ひまわりも。美しい物も見えないわ。…ありがと刹那。
そうね、あなたと見たら、綺麗かもしれないわ。
本当は分かってる。こんなことしても何も意味が無いってこと。今までも悠を外に連れ出すふりをして基地の中を一緒に散歩した。悠は何も知らない。
本当は分かってる。刹那は私に嘘を吐いてるってこと。今までも何度も気まずそうにしていたもの。眼が見えなくたって、刹那の事なら分かるのよ?でも彼は知らない。私が彼の嘘に気付いている事を。
それでも、隠していたい。俺の罪を、世界の醜さを。世界は俺の吐く嘘のように美しくも無く穏やかでもない。空は噴煙や爆炎に包まれ、放射能に犯されている。爆撃機や空軍が飛び交う空。暑いのは夏だからではない、常に世界のどこかが戦いで燃えているからだ。俺の足をぬらしたのは打ち水ではなくそこかしこに倒れる躯から流れ出る血だった。ひまわり畑など既に存在しない、燃やし尽くされてしまっている。風は熱く、運んでくるのはセミの鳴き声ではなく銃声や悲鳴。汗をかいたのだって運動ではない、戦場に出たからだ。そこで俺は人を殺したんだ。この手で。今回の戦闘は夜に終わった。七夕でも、星なんか見えなかった。空は既に戦争のせいで星なんか見えなかった。
世界はいまや、お前の思っているように美しくない。人が沢山死んだ、塵屑のように、虫ケラのように。死んで死んで死んで。殺して殺して殺して。この世界でお前だけだ。その手を血で汚していないのはお前だけだ。幼き者も年老いた者も皆殺した、そして殺された。
俺だって、この穢れた手で今、お前を抱きしめているんだ。
俺がお前を汚してしまうのだとしても、この腕の中で閉じ込めていたい。永遠に。
穢れきった世界なんかお前は見なくていい。ただ、お前の中の美しい世界を、その盲目の眼で見つめていて。
貴方が私に嘘を吐き続けようとも、私は貴方から離れたりしない。
私が話す人は貴方だけで、私の知る世界は貴方の語る世界だけで、私が感じるのは貴方だけ。私の全てに貴方がいるの。貴方が私の世界なのよ。
貴方が抱き締めてくれるのならば、私も抱き締め返しましょう。強く、強く。
(俺から永遠に離れないで、)
(お前の中の美しい世界を、俺にも魅せて、)