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刀の道、空の旅、戦場の風。  作者: 緒方白秋
第一章 刀の道
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〇 第弐話『“一刀一斬”と”柔剣”』 -1

 仔繰(コクリ)は夢を見ていた。

 夢の中で、仔繰は呂燈(ロトウ)に刀の振り方を習っていた。

 習っていたと言っても、呂燈が直接、仔繰になにかを教えていたわけではない。ただ刀を空に向かって振るう呂燈の横で、真似をして刀を振っていただけだ。

 大きく速く踏み込んで、その速さを長い刀の先端に乗せて、横一線に斬る。ただそれだけを一心不乱に、真昼から夕刻まで二人で繰り返していた。

 やがて日が暮れると、呂燈は一人で、暮らしていたあばら家に帰って行った。仔繰はもうしばらく一人で刀を振り続けていたが、不意に嫌な予感がして、走って呂燈を追いかけた。

 息を切らしてたどり着いたあばら家の扉を開けると、呂燈は何者かに切り殺された直後だった。切り殺した男の顔は影になって見えない。ただ、その姿を見た瞬間、仔繰の体は動いていた。

「うわああああぁぁぁぁっ!」

 仔繰は叫び声をあげながら、男に斬りかかった。一歩で刀三本分の距離を踏み込んで、その長大な刀を横一線に振るう。先程まで無数に繰り返していた動き、一刀一斬(いっとういちざん)と呼ばれた剣技である。

 その神速の刃が影の男を切り裂く直前、その影が動き、老人の姿へと変わった。

「実にくだらん小細工だ」

 頑羽(ガンウ)の姿となった影は、仔繰の刃を素手で挟み込み、そのまま放り投げた。

 仔繰の体が浮き上がって、吹き飛ばされる。ああ、こうやって俺は負けたんだ。そう思ったときには、仔繰は夢から覚めていた。

 はっと目を開けると、仔繰は道場屋敷の大広間に敷かれた茣蓙(ござ)に横たわって、無様に手足を振り回していただけだった。茣蓙に擦れた背中が、じりじりとした痛みを訴えている。その痛みは、仔繰に自分が現実で頑羽に負け、吹き飛ばされて漆喰(しっくい)の壁に背中を打ち付けたことを思い出させた。

「ぐっ……」

 体の痛みに耐えて、ゆっくりと体を起こして周りを見渡すと、刀神と呼ばれる老人、頑羽が板張りの床を、濡らした布巾で丁寧に拭いていた。その姿を、昇ったばかりの朝日が照らしている。

 どうやら自分は、昨日、頑羽の用意した夕食を食べたあと、疲れて寝てしまっていたらしい。

「起きたか、小僧」

「……ああ」

 掠れた声で答える仔繰に、頑羽は床を拭く手を止めた。そして布巾を濡らしていた水桶を持って屋敷の裏手にでると、そこの井戸で水を汲みなおし、そのまま仔繰のところまで持ってきた。

「顔を洗って、少し飲め」

 そういうと、頑羽はまた布巾を握り、丁寧に床を拭き始めた。そのまま広間の外の廊下に出て、そこも綺麗に拭っていく。

 仔繰はしばらくその頑羽を見ていたが、やがてゆっくりと、頑羽の言葉に従って、桶の水で顔を洗い始めた。

 先ほど見た夢のように、仔繰は呂燈を殺した男を見たわけではない。あの日、仔繰が家に帰ると、呂燈は右肩から左脇腹までを、見事なまでに斬り裂かれてもう冷たくなっていた。

 その呂燈の死体を見たとき、仔繰はこの惨劇を起こした誰かを斬ってやろうと決意した。その決意を胸にこの帝都にまで来て、刀神と呼ばれる頑羽に勝負を挑んだのだ。

 まさかその結果、自分が頑羽に弟子入りすることになるとは思ってもみなかった。

「よしっ」

 冷たい水で顔を洗うと、仔繰は勢いよく立ち上がった。寝ていて固まった体を伸ばしながら、道場の壁際へと歩く。

 道場の壁には、いくつも木刀がかかっていて、仔繰はその中から一番長いものを選んで手に取ると、先ほどの夢でも行った動きを試してみた。

 大きく踏み込んで、高速で斬る。頑羽が一刀一斬と呼んだ呂燈の剣技。だが、軽い木刀ではうまく刃の速度が出ず、仔繰はため息を吐いた。

「こんな玩具(おもちゃ)じゃ駄目だ」

「おい。何をしている仔繰」

 廊下の床を綺麗に拭き終えた頑羽が、広間に顔を出して、木刀を持つ仔繰を見咎めた。床に置いたままになっている桶と茣蓙を見てため息を吐くと、それを拾い上げて広間から出ていこうとする。

「早く稽古をつけてくれ。師匠」

 仔繰は背を向ける頑羽を慌てて急かすが、頑羽は振り返って首を振った。

「稽古の前に、必要なことがあるじゃろ」

「は? なんだよ」

 怪訝な顔をする仔繰に、頑羽は茣蓙を畳みながら、もう一度大きくため息を吐いた。広間を出ていこうとした足を止めて、仔繰に向き直ると、まるで母親が言うことを聞かない悪童に言って聞かせるような調子で言った。

「飯に決まっておる」


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