〇 第壱話『少年、刀神と斬り合う』 -5
次に目を開けた時、頑羽はすっかり眉間の皺を解いていた。そうして、死神から刀を学んだという少年に対して、笑いながら言葉を投げかけた。
「小僧よ。おぬし、儂の弟子となれ」
「……は?」
頑羽の突飛な発言に、虚ろに空を見上げていた少年は思わず頑羽のほうを見た。
口をぽかんと開けてこちらを見た少年に、頑羽はいっそう笑顔を深くした。
「儂は、儂以外にあの呂燈を殺せそうな人間を、幾人か知っておる。ただ、それを今、おぬしに教えても、おぬしはその者に勝てず、しかし勝てなくともおぬしは挑んでしまうじゃろう」
その無謀さも、おぬしの強さではあるのじゃろうが、と頑羽は続ける。
「おぬしほどの剣才のある若者を、そんなことで亡くしてしまうのは実に惜しい。ならば、勝てるまで儂がおぬしを鍛えてやろうというのだ」
いかにも名案だという風に頷く頑羽に、少年は開いた口がふさがらない。
つい先ほど自分の首を斬り落とそうとしていた相手を弟子にするなどと言い出す老人に対して、少年は何も言えなくなってしまった。
しかし、少年の代わりに声をあげた者がいた。
「ちょっと待ってください!」
それは本来、この道場に通っていた頑羽の弟子たちだった。
「俺たちはどうすればいいんですか!」「そんなわけのわからない小僧に!」「だいたい、そいつは月謝を払えないでしょう!」
弟子たちは口々に文句を口にするが、頑羽はその弟子たちのほうを見ることもなく、興味がなさそうに言い放った。
「ああ。おまえたちは全員、破門じゃ」
「なっ!?」
頑羽の言葉に、弟子たちもまた絶句する。
「どれだけ振っても垂直に刀を振り下ろせないような薄鈍に、儂は刀を教える気にはならん。とっととそこの門を出ていけ」
頑羽は最後まで弟子たちのほうを見ることなく言い切った。その間、頑羽の視線は少年のほうにむけられていて動かなかった。少年も、頑羽の瞳から目をそらすことはできなかった。
少年と老人は、刀を握っていた時以上に強い視線で見合っていた。
「……俺、別にあんたの弟子になること、了承してないけど」
「呂燈を殺した可能性のある者の名を知りたくはないのか?」
「それは他の人に聞くよ。あの呂燈を斬り殺せる人間なんて、そんなに沢山いるとは思えないし、無名のままでいるとも思えない。この都の人間に聞けば、あんた以外にも知っている人はいるだろう」
「こんな死にかけの爺に完敗した貴様の腕で、その呂燈を斬り殺した者と、本気で渡り合えると思っているのか?」
睨みつける少年に、老人は馬鹿にしたような言葉を返す。
「もう一度言う。おぬしほどの才能を失うのは惜しい。儂のもとで刀を握れ」
そういって、頑羽は手に持った木刀を少年へと投げてよこした。回転しながら飛んできたそれを、少年は反射的に受け取ってしまう。
今まで真剣しか握ったことのない少年は、少しの間、珍しそうにに木刀を眺めていたが、やがて持ち手を握り、剣先を頑羽に向けて言った。
「あんたに師事すれば、そいつと斬り合えるようになるのか?」
少年は、挑戦するように木刀の先を真っすぐに向けながらそう聞いた。
「ああ。それは保証しよう。儂は一刀一斬よりも、おぬしを強くできる。なぜなら儂は、一刀一斬よりも強いからじゃ」
そう言い切った頑羽に対して、少年は強く木刀を握りしめて言い返す。
「ああ、わかった。つまり俺があんたを斬れたら、俺は呂燈よりも強くなれたってことだな」
「おお。その通りじゃ。おぬしならば、いずれその域にも達しよう」
少年は頑羽の挑発に対して、こちらもと挑発を返したつもりだったが、頑羽は当然だというように首肯した。
「儂を斬れるように、一刀一斬の仇を斬れるように、儂がおぬしを鍛えなおす。おぬしに刀の神髄を教えよう。そうすれば、いずれおぬしは儂を斬れるようになる。仇を斬れるようになる。やがては、この世で刀を腰に帯びている人間をすべて斬れるようになる」
かつて、その手で千人斬りを成し遂げた刀神は、目の前で木刀を手にこちらを睨む少年に向かってそう断言した。