〇 第弐話 『北域守護』-6
「初撃の速度は、実は俺も自信があるほうなんだけど……。これには正直、驚いた」
「……私も驚きました。確実に頭を砕いたかと思っておりました」
仔繰はもう一度木刀を構えなおした。先ほどと同じように、相手の出方を待つように、木刀をまっすぐ体の中心に持ってくる。しかし、遮白を見る瞳は、彼女の一撃を見る前とは明確に違う色をしていた。
空気が明らかに変わった。それは、向かい合う二人だけにとどまらず、周りでその試合を見ている者たちすらも感じるほどの変化であった。
先ほどの遮白の突きを、己は躱すことができるのか。そこに思考を巡らせ、そして、試合をする二人の実力を考えられない者は、そこにはいなかった。
仔繰と遮白は向かい合ったまま動かない。まばたきすらもなく、ただ、お互いがお互いの動きをけん制し合う。
――――そこに、一陣の風が吹いた。
「はあああああああああ!」
先に仕掛けたのは、またしても遮白だった。
速く、鋭く、弓から放たれた矢のように真っ直ぐに、仔繰の小さな体めがけて、彼女は木槍を突きだした。
だが、その槍は空を突く。本気になった仔繰は、遮白の一撃を悠々と交わすと、返しの一刀を彼女の首を狙って横なぎに振るった。
しかし、仔繰の一斬もまた、遮白の身体を撃つには至らない。遮白は突きだしていたはずの槍を素早く手元へと引き寄せると、その長物を、仔繰の斬撃と自分の首の間に割り込ませた。
木槍と木刀が激しくぶつかり合う硬くて甲高い音が、北域守護の広い修練場の隅にまで響き渡る。
そこからの二人の技の応酬に、都の武官たちはただただ驚き、北域守護の兵たちは感心の眼差しを向け、そして埜群は自身の強者を見分ける審美眼に満足し、ひとり笑みを浮かべた。
遮白の鋭い突きや払いを、仔繰は紙一重で躱し続ける。だが、仔繰の返す刀もまた、遮白の精緻な槍捌きの前に防がれる。ひとつ、ふたつ、みっつ、よつ……。何度も何度もそれが繰り返されたが、お互い一歩も引くことはなく、お互いの放つ撃が相手の身体を貫くことはなかった。
「……はははっ」
遮白の淀みのない攻防の入れ替えは、まるで自らの師のようだと、仔繰に笑みを作らせた。
「……くっ」
一方の遮白は、やや苦しい表情をたたえ、槍を振るう。先程から、自分は相手の斬撃を槍の柄で受けているが、相対する少年は自分の一撃をその身で避けている。そのことが、自身と少年の間にある明確な差を表しているようで、それがとてつもなく悔しいのだ。
だからこそ、遮白はここぞと言うときを狙っていた。
確かに、自分は相手からの攻撃を受けることしかできず、逆に、相手は自分のそれを易々と、それも笑顔を浮かべながら躱す。しかしそれは、相手のほうが体を大きく動かしているということ。であれば、先に体力が尽きるのは相手のはず。まして、まだ十五にも満たないような小僧である。
遮白はただひたすらに、集中を切らすことなく仔繰と剣戟を交わし続けた。
……そして、その瞬間はやってくる。
疲れからか、あるいは別の理由があるのか、きっかけは遮白にはわからない。だが、その瞬間、仔繰の一撃がわずかに、だが確実に甘かった。
遮白は充分に力が乗っていない仔繰の一撃を、その身を翻して躱す。
「はっ!!」
仔繰のように小さな動きで避けることができず、やや大げさに動いてしまったことに悔しさを感じながら、遮白は槍を横から仔繰の小さな体めがけて全力で振り払った。
対する仔繰は、振るった木刀を素早く手元へと戻すと、それを受け止める姿勢をとる。
初めて守りの態勢に入った仔繰に向かって、遮白は全力でその槍を振るった。
その木刀で受け止められたとしても関係ない。その防御ごと、全力で仔繰を打ちのめす。そう思って、遮白は槍を振り抜いた。
――――振り抜いた、つもりだった。




