〇 第弐話 『北域守護』-3
「どうやら、御帝陛下はなかなかにできる者たちを送ってこられたようですね」
武人たちの行列の先頭で、その列を率いながら埜群は横にいる帝都からやってきた皇室近衛筆頭武官にそう言った。
「ほう。北の将軍様にそう言っていただけるとは、恐悦でございますな」
筆頭武官は、嬉しそうに頷いたが、埜群が誰のことを言っているのかは、皆目見当がつかなかった。
血の気は多いが腕は立つと評判の半恒であろうか。まさか自分のことではあるまい。しかし、都の武官たちと埜群様が謁見するのは今日が初めてである。いったいどこで、将軍様は帝都武官たちの実力を知ったのだろう。
筆頭武官がそんなことを考えているうちに、一団は塀楊城に隣接して置かれている北域守護の本部へとたどり着いた。そこには常駐の兵が寝泊まりする兵舎と、武具を管理する武器庫、そして大きな訓練場があった。
その訓練場は、雰囲気こそ帝都の武芸処に似ていたが、規模がまるで違っていた。武芸処といえば、帝都の長屋敷を少しばかり改装したような建物で、大きな広間でもせいぜい数十人が並んで稽古できる程度の広さである。
しかし、北域守護の訓練場はその比ではなかった。そこでは三百人を超える北域守護の衛兵たちが、綺麗に陣列を組んで、皆一様に、木でできた槍のようなものを振るっていた。
そのほとんどが武芸処出身である帝都の武官たちは、その規模に驚きを隠せなかった。口を開けて呆けてしまう者さえいたほどであった。
「彼らこそ、北に住まう恐ろしい蛮族から、我が国の平穏を守るための精鋭たちです」
埜群がそう言って、本部の入口の門から帝都の武官たちを率いて入っていく。その姿を見た北域守護の兵たちは、皆、木槍を振るう腕を止めて、一礼した。
埜群はそんな部下たちひとり一人に手をあげ、礼をかえす。ずいぶんと慕われている様子の埜群を、列の最後尾から仔繰はじっと観察していた。
「実に四十年前。我らが燦国は、北の地に根付く蛮族から大規模な侵攻を受けました。初代の帝、偉大なる隆黄帝がこの地にもたらした百年を超える平穏の歴史が、その瞬間に破られたのです」
埜群は北域守護の軍兵と帝都の武官たちを訓練場の中心に整列させ、その前に立つと、ゆっくりとした調子で語り始めた。
「御帝が派遣した勇士たちの活躍により、北の蛮族は追い払われ、この国は再びの安寧を得ました。その戦いで名を成した者もいます。たとえば“狂刃”の珀台や“双曲刀”の馬芹、そしてかの“柔剣”の頑羽……」
仔繰は埜群が語る話に興味を持てずに、大きな訓練場をきょろきょろと見渡していたが、不意に自らの師の名前を聞いて、その声の主に向き直った。
だが、先ほどの大広間のときとは違って、埜群はまったく仔繰の視線に答えることはなかった。
「御帝陛下や帝都の方々は、四十年前の彼らの活躍によって、もう蛮族どもの脅威は無くなったとお考えでしょう。あの戦乱に我々が勝利したことによって、蛮族は北へと封じられたとお思いでしょう」
埜群が熱っぽく言葉を続けると、またもその話に興味を失った仔繰は、空へと視線を移した。北の空は雲の流れが速いなと、益体もないことを考える。
「しかし、陛下の認識と、北域の実情は違うのです。あの北の鬼猿どもは、今も燦国の大地を狙っています。帝は軍備を削り、都にて娯楽と商業に尽力していると聞き及んでおりますが、我々北域の民は、いつ再び北蛮があの地平からこちらへと踏み込んできてもいいように、かような軍役にいそしんでいるのです。この差を、皆様には知って、ぜひ都への土産話として持ち帰っていただきたい」
その埜群の発言は、仔繰以外の、帝都から来た武官たちをざわつかせた。とらえようによっては、帝への不信とみなされてもおかしくないからだ。
「おっと。少し言葉が過ぎましたかね。失礼。そのようなつもりではありません。恐れ多くも大恩ある帝陛下に対して、埜の家の者として、恥ずかしい言動をしてしまいました」
まるで大したことではないかのように、軽い口調で取り繕いの言葉を述べる埜群に、武官たち、とくに位の高い者などは眉に皺を寄せるが、しかし、その場で埜群を問い詰める者はいなかった。
まして、礼節などという物を毛ほども理解していない仔繰は、相変わらず埜群の言葉に興味を示さず、空を見上げたままだった。




