〇 第陸話『刀の道』 -5
――――ギンッ!!
閃光が爆ぜた。それは仔繰の刀と嶽飛の刀がぶつかり合って散った火花。視界が潰されてなお、嶽飛は仔繰の繰り出した神速の剣技を当然のように受け止めていた。
頑羽は目をむいた。仔繰がしくじったわけではない。嶽飛の視界は草履に覆われていたし、一刀一斬は完璧に嶽飛の首を捉えていた。だというのに、嶽飛はその必殺の刃を受け止めていたのだ。
嶽飛は重なったふたつの刃の奥でにたりと笑った。
「私も最近になってようやく自分の力を正確に理解したのですが、どうやら私はただ視力だけに頼って心眼を謳っていたわけではないようです。自身へと向かう空気の流れ、風切り音、肌で感じる殺気。それらを全て感じ取るこの鋭敏な感覚すべてが、私の心眼というわけです」
嶽飛の視界を覆っていた仔繰の外履きが、道場の床へと落下する。
嶽飛は笑いながら勝ち誇った。後はこの受け止めた刀を打ち払い、そのまま仔繰の首に刃を振り下ろすだけだ。
頑羽が天賦の才を持つというから期待していたが、所詮は小僧。この程度の実力しかない。
「その剣術は、既に死神を斬ったときに破っている!」
対する仔繰は、一撃必殺の剣術を破られてなお、諦めてはいなかった。
怒りに身を任せ飛び込んだ先で、その怒りの奥底にある不思議な冷静さが、己が内にある剣術のすべてを出し切ろうとしていた。あるいは、その矛盾した心境こそ、生死の掛かった斬り合いでのみたどり着けるという境地であり、奥義への道だったのかもしれない。
それは呂燈から学んだ一刀一斬ではなく、頑羽から教わった柔の剣。
刀が打ち合ったときに生まれる力の向きを、感じ、理解し、操作する。かつて、刀神がたどり着いた、柔刀の最奥。奥義であるところの、攻めの柔剣。自ら斬りかかり、その先で生まれる力を支配する。
その技の名は、“剛柔剣”。刀神頑羽が生み出した、刀の道の極致。
「終わりだ!」
嶽飛は刀を仔繰の首元へと一直線に落とした。
――――落としたつもりであった。
「はっ!?」
間抜けな声をあげた嶽飛の握っていた刀が、本人の気が付かぬ間に宙を舞っていた。嶽飛は両の拳を無様に振り下ろしただけであった。
宙を舞った嶽飛の刀が、道場の畳張りの床に突き刺さる。
いや刀だけではない。後ずさりしようとした足がもつれて、嶽飛の身体が、吊り糸を斬った人形劇の傀儡のように、ひざから崩れ落ちる。体を立たせようとすればするほど、体から力が抜けていくようだった。
床に倒れ込んだ嶽飛の首元に、そっと仔繰の刀が刃を背にして添えられる。真の殺し合いであったが、仔繰は最後にその首を落とそうとは思わなかった。
「俺の勝ちだ」
仔繰のその宣言を、頑羽は涙を以て眺めていた。死の淵で夢見た愛弟子の成長によって、頑羽は命を救われたのだ。
そして、仔繰から少し遅れて道場へとたどり着いた皇女羅夸と、皇帝剣術指南役の罫徳もまた、それを見た。
「見たかったものを、見せてやったぞ」
その仔繰の言葉は、頑羽への言葉か、嶽飛への言葉か、あるいは、羅夸への言葉なのか。
あっけにとられ、言葉を失う皆の前で、全力を出し切った仔繰はその場に倒れて、気を失った。




