表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刀の道、空の旅、戦場の風。  作者: 緒方白秋
第一章 刀の道
31/50

〇 第陸話『刀の道』 -3

「ならば、私があなたを斬って、伝説の終わりといたしましょう」

「ふっ。先程からおぬしから斬りかかってこぬのは、儂の柔剣(じゅうけん)を恐れてであろう。どこまで老いたとしても、儂が柔剣を忘れることなどないぞ」

「急に多弁になりましたね。焦っているのですか? しかし、私はもう、あなたへの興味を失いました。なれば、私のほうこそもはや語ることはない。我が剣技を以て、あなた様の柔剣を打ち破って御覧に入れる」

 嶽飛(ガクヒ)はそう言って、構えた。頑羽(ガンウ)は再び全神経を集中させ、嶽飛の一太刀を受ける覚悟をする。

 二人の視線が交差する。朝の日差しの入る道場に静寂が満ちる。

 遠くで鳥の声が聞こえた。お互いの呼吸の律動が一致する。額に滲む汗が、頬を伝う。そして一瞬だけ、頑羽が目をしばたたかせた。

 ――――次の瞬間、嶽飛が初めて自分から動いた。

 一歩踏み込み、左から横一線。頑羽の一撃と比べると、不自然なほど遅い。達人でなくとも、その速さの刃を受けることは難しくないだろう。頑羽も当然、それを受けて反すために、自分の刀を嶽飛の刀のほうへと向ける。

 頑羽が自ら言ったように、剛柔剣(ごうじゅうけん)こそ放てなかったものの、通常の柔剣を仕損じる頑羽ではない。それは嶽飛もわかっているはずだ。だが、嶽飛の刃は止まらない。頑羽は柔剣によって、嶽飛の身体を吹き飛ばそうと力を刀に加える。

 二人の刀が重なり、頑羽は勝ちを確信した。


 ――――だが――――。


「……ぐっ……っ!?」

 ――――頑羽は、嶽飛の刀に斬られていた。

 頑羽の左肩を、嶽飛の刀がえぐるように通り抜ける。とっさに頑羽は後ろへと退くが、嶽飛がそれを許さない。下がる頑羽の身体を追って、距離をさらに詰める。

「逃がしませぬ」

 そのままの勢いで、嶽飛は右上から刀を斬り落とす。しかし、頑羽も百戦錬磨の刀神。姿勢が崩れたままで、それを受けようと、右手だけで支えた刀を持ち上げた。

「……ぐぁ! ……これは……っ!? なにが……っ!」

 しかし。またも頑羽の刀は嶽飛の一撃を止めることはなかった。まるで刃がすり抜けるかのように、嶽飛の刀が頑羽の防御を潜り抜けて、その右わき腹を刺し貫く。

「ああ。一太刀目は首を、二度目は胴を両断したつもりだったのですが。やはりこの剣術は狙いを定めるのが難しい」

 とうとう刀を手から取り落とし、脇腹を抑えながらうずくまる頑羽を、嶽飛は上から見下すように覗き込んだ。

「これぞ、私があなた様の柔剣を破るために生み出した剣技。刀神にも、何が起きたかわかりませぬか」

 奇しくもそれは、守りの剣術を攻めの技に変える、柔剛剣と似通った生まれの剣術であった。

 相対する者が放つ斬撃を、その眼に捉え、必ず刀で受けることができる嶽飛の心眼。ならば、逆に相手が自身を守る刀を、躱すことができるのも道理である。

 つまりは、心眼によって自らが放った刃を受け止める相手の刀の位置を見て、捉え、それを躱すように、自ら振るう刃をずらし、まるですり抜けたかのように相手を斬ることができる。

「名付けて、透過斬り。まあ、今考えてみたのですが」

 柔剣を破った高揚感からか、得意げに自らの剣技を誇る嶽飛。先程の頑羽の老いに対する落胆も、いつの間にか消え失せたようだ。

 頑羽は腹と肩を両手で抑えながら、浅い息を繰り返す。このままでは失血で死を待つだけだろう。視界が霞み、意識が遠のいていく。嶽飛がこちらを見下ろして、とどめを刺そうかと思案しているのがわかる。

 頑羽とて、数多の他者を斬り捨ててきた身である。いつかはこうなるかもしれないと思っていた。その時はおとなしく死を受け入れようと思っていた。

 だが、いざその時になって、どうしても捨てられない未練があることに、頑羽は気が付いた。

 それは、ただ一人の愛弟子。仔繰(コクリ)

 あの天賦の才を持つ男を育てきれなかったことに、頑羽は悔しさを感じながら、その意識を手放そうとした。

 ――――その時。

「師匠!!」

 その声に死の淵から呼び起こされた頑羽は、はっと顔をあげた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ