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刀の道、空の旅、戦場の風。  作者: 緒方白秋
第一章 刀の道
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〇 第陸話『刀の道』 -2

「……さて。しかし、あなた様の刀の技は、これで終わりではないはずだ」

 今までは無視していた“心眼(しんがん)”の嶽飛(ガクヒ)のその言葉に、頑羽(ガンウ)は初めて眉を寄せた。言葉は返さなかったが、そのかわり、刀で斬りかかろうともしなかった。

 頑羽が己の言葉を聞こうとしているということに、嶽飛は満足げにほほ笑むと、もったいぶるようにゆっくりと言葉を続けた。

「その奥義を受けて、生きている者はいない。しかし、乱戦の中、それを見て逃げ帰った者たちはいた。……知っていましたか? 北部蛮族の言葉で、あなたは刀の魔物と表現されていましたよ。まるで、あなたの愛弟子を育てたという死神と同じような扱いでした」

「……まさか。蛮族側の手記をも調べたと言うのか」

 驚愕した頑羽に、嶽飛はしたりと笑い声をあげた。

「私と同じく刀に魅入られた羅夸(ラコ)様を、何年もかけて口説き落としましたよ。羅夸様と共に王家の禁庫(きんこ)にあったあの書物を紐解いたとき、はじめて私は自身の地位に感謝しました」

 あの不良娘めと、頑羽は呟いた。刀を握っていなければ、頭を抱えているところだ。

「あなたが生涯を掛けて生み出した柔剣(じゅうけん)の奥義。ぜひ私にも見せていただけませんか。私はそれを、見て、受けて、破ってみたいのです! 本物の殺し合いの中に生まれた、真の刀の道の最奥(さいおう)を!」

 嶽飛は一歩、頑羽のほうへと進み出た。達人の斬り合い、その間合いの中では、あまりにも迂闊な一歩である。

 しかし、頑羽は動かない。刀を構えたまま、何かを思いついたように、少しだけ首を傾げた。

「……おぬし。珀台(ハクタイ)殿も、あの死神も斬ったのだろう」

「ええ。彼らにも、本物の刀を教えていただきたかったので」

 嶽飛は当然のように頷いた。もはや隠す意味もない。今日ここで頑羽を斬った後、嶽飛は都から姿を消す算段であった。

 一月(ひとつき)前の聴聞会(ちょうもんかい)の時、誰も言葉にはしなかったが、恐らくあの場にいた全員、嶽飛が下手人ではないかという疑念を抱いたであろう。あるいは、確信を持った者もいたかもしれない。それを感じ取った嶽飛は、しかし、すぐに逃げることはしなかった。

 いつ確信を持った誰かに拘束されてもおかしくない状況で、それでも嶽飛が待ち望んだもの。それこそがこの頑羽との対峙であった。

 だからこそ、嶽飛は頑羽の全力を求めているのだ。禁書に記された蛮族の文字にのみ残る、その奥義を。

「私が大戦の記録を読んで、特に魅かれたのが、死神、狂刃(きょうじん)、そしてあなた様である刀神(とうしん)。その三名のつわもの達でした。そして死神と狂刃を斬った。最後はあなたです。頑羽殿」

 興奮した様子の嶽飛に対して、頑羽はあくまで冷静に、一つだけ疑問の言葉を投げかけた。

「――――ならば、死神と狂刃の二人はおぬしが望んだものを見せたか?」

 その頑羽の言葉に、一瞬だけ、嶽飛はわずかに悔しそうな表情を見せる。

 瞬間、頑羽は飛び込んだ。先程見せた初撃の踏み込みの速度よりは、わずかに遅く、当然、心眼の嶽飛に止められぬ斬撃ではない。

 二人が握る刃が、今日、何度目かの火花を散らしてぶつかり合う。その一瞬に、頑羽はすべてを掛けた。

 二つの刀が生み出す力の全てを支配し、操り、それによって相手を吹き飛ばす。嶽飛が求めた柔剣の奥義。“剛柔剣(ごうじゅうけん)”の技。頑羽が生涯を掛けてたどり着いた、刀の道の最奥。頑羽は実に四十年ぶりにそれを放った。いや、放とうとした。

「……?」

 だが、頑羽のその一刀に、嶽飛は首を傾げるだけだった。二つの刀はぶつかり合ったまま、当然のように動かない。ただただ強烈な鍔迫り合いを演じただけだ。

「……くっ」

 刃に力を籠めたまま、頑羽は自らの不甲斐なさに下唇を噛んだ。

「……やはり。あなた様もそうなのですか……」

 対する嶽飛は、頑羽の刀を止めながら、頑羽以上に落胆したようすで言葉をこぼした。

「死神も、珀台様もそうでした。私は彼らの真の実力を知ることなく、斬ってしまった。最初は彼らより自分が優れているのだとおごった考えも浮かびました。しかし、やはりそうではなかったのですね」

 嶽飛の落胆は、頑羽から見ても驚くほどに深く、その声は震えていた。

「あなた方は、みな老いた。書に語られるような伝説の剣技を、もはや発揮できぬということか……」

 嶽飛は頑羽の刀を押し込むように振り払い、自ら一歩下がると、一つ息を吐いた。一度頭を振るって、すっとあげたその顔には、もはやこの道場に来た時の軽薄な笑みはなく、ただ落胆と憤りにまみれていた。


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