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刀の道、空の旅、戦場の風。  作者: 緒方白秋
第一章 刀の道
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〇 第壱話『少年、刀神と斬り合う』 -3

「今の一閃(いっせん)は素晴らしかったぞ。平和となって久しいこの国では、あそこまでの剣閃(けんせん)を繰り出せる者はそういまい」

「だけど、あんたには通用しなかった」

 一瞬の攻防で、少年はこの老人が、自分の実力をはるかに上回る存在であるということを理解した。先制をとった全力の一太刀(ひとたち)(かわ)されては、普通はもう勝ち目などない。刀剣(とうけん)における命のやり取りとはそれほどに単純で、それ故に絶対である。

「じゃあ。普通じゃない勝ち方をするまでさ」

 少年はそう呟いて、刃先をゆっくりと地面におろした。

 その仕草に、頑羽(ガンウ)は眉を(ひそ)めた。刀の先端を地面に付けた少年の構えは、幾万幾億(いくまんいくおく)の刀の動きを見てきた頑羽であっても、見たことのない構えだった。いや、頑羽に言わせれば、それは刀の構えではない。

 そもそも構えとは、素早く攻撃するため、あるいは、相手の攻撃に対して素早く防御するためのものである。いま、頑羽がとっている正眼(せいがん)の構えはまさにそれで、刀を体の中心に置くことで、全ての方向に対応し、即座に攻防へ移ることのできる構えだ。

 しかし、少年がとったのは、剣先を地面につけた構え。それでは真上から斬り下される刀に対応できないばかりか、自分から斬りかかることさえできないだろう。肩を突かれたことで右手が痺れ、刀を強く握れなくなったがためにそうしていると言われれば、よほど納得できる。

 だが、と頑羽は少年の瞳を覗く。その瞳は力強く頑羽を睨みつけていて、そこにあきらめの色はない。ならば、これは少年が繰り出すなんらかの秘策、(から)め手の前準備であろう。

 そう考え、頑羽が木刀の柄を強く握りなおした瞬間。少年が動いた。

「ふっ!」

 少年は踏み込むことなく、ただその場で強く刀を振り上げた。当然のこと、頑羽を斬れるような距離ではない。少年が目いっぱい手を伸ばし、太刀の刃をまっすぐに頑羽に向けてもなお、その倍以上の距離がある。

 だが、次の瞬間に、頑羽は反射的に体をそらしていた。当然、剣先が届いたわけではない。剣の速度が生み出した遠当(とおあ)ての斬風(ざんぷう)などというわけでも、もちろんない。

 ――――それは石だった。少年の剣先がはじいた石の(つぶて)が、まっすぐに頑羽の眉間へと飛んできたのだ。

「はっ!」

 少年は呼気(こき)を発し、再び頑羽へと踏み込んだ。先ほどと同じく大きく素早い一歩。そしてその一歩に続く二歩目は小さく、より早く、鋭く、間合いを調整し、その驚異的な速度を刀に乗せるための一歩。

 姿勢を崩した頑羽にはその剣閃(けんせん)を避けることはできない。そこにいたほとんどの弟子たちは少年の放つ一閃の行く先などは見えていないが、それでもわずかばかりの才能ある幾人(いくにん)かは、頑羽の首が飛ぶのを予期してはっと視線をそらした。

 しかし、次の瞬間、空を舞ったのは頑羽の首ではなかった。

「くだらん」

 少年の体が、ひっくり返って頑羽の後方へと跳ね飛ばされていた。

「何……っ!?」

 頑羽の弟子たちはもちろん、少年にも何が起きたのかわからなかった。

 それは頑羽の、恐ろしいほど精緻(せいち)で大胆な妙技(みょうぎ)であった。少年の大刀が頑羽の首をとらえる直前、頑羽は木刀を手から離していた。そのまま自由になった両手で少年の刀の切っ先を挟みこみ、力を籠め、少しだけ刀の動く向きを変えた。

 ただそれだけのことで、頑羽の首に向かっていたはずの剣先(けんさき)はあらぬ方向へ向きを変え、少年の体は宙に吹き飛ばされていた。

「実にくだらん小細工だ」

 投げ飛ばされた少年は、そのまま屋敷の庭を囲む塀にぶつかった。漆喰(しっくい)の壁に強かに背中を打ち付ければ、とうとう少年も刀を取り落としてぐったりと地面に倒れこんだ。

「げほっ……ゲホッ……!」

 咳き込む少年に、頑羽はゆっくりと近づいた。

 それに気が付いた少年は近くに落ちた大刀(だいとう)を拾おうとするが、先んじて頑羽がそれを蹴り飛ばした。頑羽の蹴力(しゅうりょく)によってくるくると回転しながら吹き飛んだ大刀は、音を立てて屋敷の柱に深々と突き刺さった。近くに立っていた弟子の一人が耳元を通った刃に腰を抜かして倒れこみ、そのまま気を失った。


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