〇 第伍話『奥義』 -4
「羅夸様。皇族の方が走り回るのは品がないと思われてしまいますよ」
「硬いことを言うな頑羽。吾とて、父上や他の兄弟姉妹の前でこのような振る舞いはしない」
羅夸は拗ねたようにそう言うと、少し落ち着いたのか、扇子を袖口から取り出し、顔を煽ぎながら言葉を続けた。
「外に牛車を待たしてある。刀鍛冶に預けておったという刀も持ってきた。まったく、皇女に荷運びをさせるのは、この広い都を見渡してもお前くらいのものよな、頑羽」
「いえ、儂は迎えの者に頼んだはずなのですが……」
「だから迎えに来た吾が持ってきたのであろう」
当然だと胸を張る羅夸に、頑羽は肩をすくめた。いくら楽しみだからと言って、迎えにまで来なくてもいいだろうに。
そんな相変わらずの調子の皇女に、仔繰は詰め寄った。
「ちょっと待て。刀って俺の刀か?」
「そうじゃ。牛車に積んでおる」
そう言って、羅夸は二人を先導して、道場屋敷の前に止めている牛車へと連れ出した。
確かにそこには、仔繰が一月前、頑羽に取り上げられた刀が載せてあった。鞘は一から新しく仕立てられており、ボロボロだった柄には綺麗に柄糸が巻き直されていた。
驚いた仔繰はそれを持ち上げ、ゆっくりと鯉口をくつろげると、そこにある刀身もまた、綺麗に研がれ、早朝の陽ざしを美しく反射していた。
この刀は、育ての親である呂燈が唯一、仔繰によこしてくれた物だ。実際はそこらの野盗を斬ったときに奪い取った物だが、それでも仔繰はこの刀をとても大切に思っていた。
「なんで刀が必要なんだ? まさか、御前試合って奴は、真剣でやり合うのか?」
刃を仕舞った刀を、牛車の荷台に丁寧に戻してから、仔繰は疑問を呈した。
「そんな訳がなかろう。御前試合本番の前に、真剣で剣舞を見せると言う行事があるのじゃ。まあ、おまえはこの刀で用意された藁束でも斬ってくれればよい。吾はそれほど剣舞に興味はない故な」
宮中行事である御前試合の運営を、実質的に掌握している羅夸はそう言いながら、意気揚々と牛車に乗り込んだ。
「ふーん。相変わらずおまえの言っていることはよくわからんな」
とても皇族に対しての言葉とは思えないようなことを言いながら、仔繰もまた、羅夸に続いて牛車へと乗り込む。
しかし、頑羽は道場の門で立ち止まり、そこで懐を探ると、ふと思い出したように言った。
「おや。すまぬ。母屋の鍵を忘れていたみたいじゃ。仔繰は羅夸様と先に行ってくれ」
頑羽は顔を見合わせる仔繰と羅夸の言葉を待たずに、そそくさと道場へ引き返していった。
何やら不審な頑羽の行動に、羅夸は首を捻った。
「なんじゃ。あやつは……」
「……まあ、師匠も年だしな」
無自覚に辛辣な仔繰の言葉に、羅夸は笑ってしまい、慌てて扇で口元を隠した。人前で声をあげて笑うのは、宮中ではひどく無作法なことだとされているためだが、当然ながら仔繰はまったく気にしない。
二人の乗った牛車は、羅夸の掛け声でゆっくりと四金城へ進み始めた。仔繰は一度だけ道場を振り返ったが、すぐに牛車は通りの辻を曲がり、牛車からは見えなくなった。
「……どうじゃ、自信のほどは」
羅夸は頑羽のことなど気にもせず、仔繰に問いかける。仔繰は道場から視線を外して、牛車の向かう先に、悠然と構えている四金城へと目を向けた。
「正直なところ、毛ほどの自身もないよ。この一ヶ月の間、ただひたすらに師匠に教えを受けたけれど、俺の柔剣はまだまだ未熟だ。精度も、練度も、何もかもが足りていない」
仔繰が臆面もなく弱音のようなものを吐露することに羅夸は少しばかり驚いた。この少年は、都へ出てきて、刀神のうわさを聞いてなお、その刀神に挑みに行くような自信家だったはずだ。
しかし、一ヶ月の間頑羽に師事した仔繰からは、育ての親を殺された時のような無鉄砲さは鳴りを潜めており、どうやら真剣に、そして冷静に自分の実力について考えているようだった。




