表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刀の道、空の旅、戦場の風。  作者: 緒方白秋
第一章 刀の道
25/50

〇 第伍話『奥義』 -2

「なんじゃ。あまり根を詰めすぎるな。本番はもう一刻先なのじゃぞ」

 頑羽(ガンウ)はそう言って仔繰(コクリ)を嗜めたが、仔繰は引き下がらなかった。むしろこの後すぐに試合があるからこそ、仔繰はここで止まること良しとしないのだろう。

「一度だけでいい。師匠。……あんたは一月前、俺に自分から刀を振るなと言った。だけど。今、一度だけあんたに斬りかかってみてもいいか?」

 仔繰はやや言葉を選ぶようにそういった。頑羽は首を捻り、少し考えてから答える。

「それは何故じゃ?」

「試してみたいんだ」

 仔繰の短い答えに、頑羽は我知らず、生唾を飲み込んだ。まさか。いや、そんなはずはないと、自分に言い聞かせながら、ゆっくりと、仔繰に対して右手を差し出した。

「一度だけじゃ」

「ありがとう。師匠」

 仔繰は素直に一礼して、左手に握っていた刀を頑羽に手渡した。

 そのまま三歩下がって、右腕を、握った刀ごと、大きく後方へ反らして構えた。死神と呼ばれた男が、生涯を賭して作り上げた剣技“一刀一斬(いっとういちざん)”の型である。

 対して頑羽の構えは常に正眼。塵ほども歪みや傾きのないその美しい姿勢。正確で真直ぐなその型は、剣術の基本にして、頑羽がたどり着いた剣術“柔剣(じゅうけん)”にもっとも嚙み合った構えである。

 二人は、修行を始めた初日と同じように向かい合う。その時、仔繰は頑羽の柔剣の前に屈した。それ以降、仔繰は柔剣の修行を始め、一刀一斬を封じることとした。

 一度通じなかった剣術を、特段磨き上げたわけでもなく、再度同じ状況で挑む。であれば、結末も同じになる。それが道理という物だろう。

 そして仔繰は、これもまた、同じように刀を振るった。

「はっ!」

 呼気と共に鋭く踏み込み、神域の速さでもって、相手を切り裂く。一刀一斬の動き。それに対応するのは、刀神の頑羽。自らの刀を相手の刀の軌跡に合わせ、受け止め、力の向きを操作し、返す。柔剣の動き。

 二つの剣技が刹那の間にぶつかり合い、そして結局、道理の通り、以前とまったく同じように仔繰の身体が大きく跳ね飛ばされ、宙を舞った。頑羽の柔剣が、仔繰の一刀一斬の力を打ち消し、支配し、それを繰り出した者の身体ごと投げ飛ばしたのだ。

「……なぜっ……!」

 だが、その結果に驚愕していたのは、頑羽のほうであった。頑羽は仔繰の一太刀を反したはずの刀を取り落とし、片膝をついて体を震わせていた。

「……なぜ、これに辿り付いた……!」

 頑羽の震える声に、吹き飛ばされ、これもまた一月前と同じように床に叩きつけられた仔繰は、体から痛みが取れるのを待って、大きく呼吸すると、倒れたままの格好で淡々と言葉を紡ぐ。

「ずっと自分で両手に握った木刀を打ち合わせていたんだ。そうしたら、段々と攻撃しているほうの木刀と、それを受けるほうの木刀の違いがわからなくなってきて、気が付いたら、攻撃しているほうが、受けて反すはずの木刀を跳ね飛ばしていたんだ」

 それは仔繰の悪癖の賜物か。天賦の才を持つ少年は、信じられないことに、自らそれに気が付いたと言う。

「最初は、普通に受け損なっただけだと思った。けれど、何度か試して気が付いたんだ。攻撃する刀と、受ける刀に掛かる力は、本質的には同じだって。だったら、攻撃する側だって柔剣を使えるのは当然だ」

 頑羽はひざを折り、まるで跪いたような恰好で、とうとう一筋、涙を流した。

 感動、驚嘆、恐怖、そして少しばかりの羨望。あらゆる感情が綯交ぜになった涙は、幸運なことに、寝ころんだままの仔繰には見えていなかった。頑羽はさっと服の袖で頬を拭うと、ゆっくりと立ち上がった。

「……その剣術の名は、“剛柔剣(ごうじゅうけん)”。儂が築いた柔剣の奥義じゃ」

「剛柔剣……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ