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刀の道、空の旅、戦場の風。  作者: 緒方白秋
第一章 刀の道
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〇 第肆話『一方その頃……』 -2

 中庭に出て、屋敷の中の大広間を覗き込む。そこでは、数人の男たちが神妙な顔をして、何も言わずに並んで座していた。

 一昨日の頑羽(ガンウ)の屋敷では、この時点で頑羽に気取られ、呼び止められた。だが、今日は全く静かな状態だと言うのに、中庭から首を出す仔繰(コクリ)に気が付く者はいなかった。

 少し首を傾げて考えた後、精神統一の修行中なのかと、仔繰は思い至る。

 仔繰は葬儀を知らない。死んだ呂燈(ロトウ)の死体も、どうしていいかわからずに、とりあえず山に埋めてきただけだ。その場に漂う独特の匂いのもとである、香という物については、呂燈が生前、機嫌のいい時にだけ寝所に焚いていたということ以外の知識がない。

 だから、その静まり返った場が、この屋敷の主であった故人を偲ぶ弟子たちの集会であるということに、気が付くことはなかった。

 仔繰はしばらく気配を消したまま、黙祷を捧げる男たちを眺めていた。ともすれば、そのうちそこにいるはずの珀台(ハクタイ)という剣豪が、余所者である自分に声をかけてくるかもしれない。仔繰はそう期待していたが、言うまでもなく、その場で仔繰の存在に気が付く者は出なかった。

「なあ、珀台って奴はどいつだ?」

 そのうち、と言ってもそれほど長く待ったわけではないが、仔繰は我慢ができなくなって、中庭から男たちに声をかけた。履物を脱いで、軒先から堂々と広間に上がり込む。

 ぎょっとしたのは葬儀に出ている男たちだ。突然現れた子供が、往生した師の名前を出して部屋に入ってきた。皆が皆、何も言えずにお互いの顔を見合わせた。

 仔繰のほうも、その場の雰囲気に、何かおかしいものを感じて首を傾げる。よくよく考えると、その場にいる男たちの中に、頑羽に並ぶほどの老体がいない。生きた伝説と言うくらいだから、珀台という剣豪は相応に年を取っているはずである。

「……君は、珀台先生の、知人でしょうか?」

 やがて、葬儀に出ていた男たちの中の一人がすっと立ち上がり、言葉を選びながら仔繰に尋ねた。年若いが、恐らくこの場では最も発言権があるのだろう。周りの男たちは、その男が仔繰に向き合うと、何も言わずにその場を譲った。

「いや、俺は……」

 仔繰は、少し言いよどんだ。ようやく、仔繰にもその場の雰囲気が、暗く、落ち込んでいるものであると汲み取れたのだ。

 だが、それでも、仔繰はここに来た理由を止めることはできなかった。

「珀台って奴と、斬り合いに来たんだ」

 そう言ってしまった直後、仔繰は対面する男の顔を見て思い至った。呂燈が殺された時、自分は恐らく、こんな顔をしていた。

 対面の男は、仔繰の発言に眉を寄せたが、特に声を荒げることなく、淡々と言葉を返した。

「……珀台先生は、亡くなりました。今、ここが先生の葬儀の場です」

 これには、仔繰も唇を噛んで顔を伏せた。礼も作法も知らぬ身ではあるが、仔繰とて、この場での自分が相応しくないということは理解できた。

 だから、仔繰は発言を撤回して、その場を離れようとした。だが、そんな仔繰よりも早く、対面していた男が動いた。

 仔繰がはっとした時には、男は一息に仔繰へと距離を詰め、その手首を握りしめていた。

「ですから、試合の申し込みは私が受けましょう」

 男は無造作に仔繰の手首を捻り上げ、そのまま広間の床へ投げ飛ばした。周りで様子を窺っていた男たちが声をあげながら脇へ避ける。

「あなたが何者か知りませんが、先生と試合したいなどというふざけたことをぬかす輩は、私がここで半殺しにして差し上げますよ」

 珀台道場の一番弟子でありながら、素行の悪さと、腹を立てた時の手の速さが問題視され、道場の後を継ぐことを羅夸(ラコ)から反対されている男、洛苞(ラクホウ)はそう言って、床に倒れ込んだ仔繰の首を足で踏みつけた。


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