〇 第肆話『一方その頃……』 -1
一方その頃、仔繰は苛立ちを隠すことなく、都の辻を大股で歩いていた。
「なんだってんだ。あの帝の娘とかいうやつは」
怒りの矛先は、頑羽を、自分のよくわからない理由で、これまたどこかよくわからない場所へと連れ出してしまった羅夸に向き、しかし、彼女の素性も正体もまたまたよくわかっていない仔繰は、ただただ不満を口にすることしかできなかった。
「俺がここにいる理由を持っていきやがって……」
やがては文句を言う気力もなくなった仔繰は、路傍の塀に腰かけて、空を見上げた。
仔繰は空が好きだ。何かを考えるときも、何も考えたくないときも、いつも空を見上げる。そうすると、頭の中が透き通って、その時に必要なものが、どこかから飛んできたように浮かんでくるのだ。
「……みつけないと」
そして、この時に浮かんできたものは、この帝都に来た本来の目的であった。
「呂燈を斬り殺した奴を見つける。それが俺のここにいる理由だった」
仔繰はまた立ち上がり、大股で歩き出す。
数日前、この街へ初めてやってきたとき、仔繰は道行く人々に、帝都一の剣豪の名を尋ね続けた。多くの人は、小汚い服装をした怪しい小僧の質問に答えようともしなかったが、それでも答えを返してくれた幾人かの物好きが、最も多く挙げた名前が“刀神”頑羽であった。
しかし、その物好き達が挙げた剣豪の名の中に、頑羽以外の名前があったことを、仔繰は確かに覚えている。
頑羽と並び、大戦乱で活躍した“双曲刀”の馬琴。無傷で武術大会を制した男“心眼”の嶽飛。 かつて、数多の剣豪をその刀で斬り倒したという生きた伝説“狂刃”の珀台。そして帝直属の武術指南役を受け持つ剣豪“剣聖”の罫徳。
どこに行けば会えるのかも、ある程度は聞き出している。この碁盤の目のような街、帝都の四方にある四つの道場。仔繰が頑羽と修行しているあの場所と同じような場所……。
だんだんと仔繰の歩む速度は速くなっていき、やがては駆け足になっていた。
向かうべき場所が定まれば、そこへと一直線に進んでゆく。頑羽が後に語ったところによれば、それは仔繰の類稀なる才能であり、また、非常に危うい欠点でもあった。
帝都西藍を南北にまっすぐ縦断して――――といっても、都の中央には四金城が聳え立っているのでそこは迂回して――――たどり着いた場所は、北区道場。
頑羽の受け持つ南区道場と違って綺麗に磨かれた看板には、『御帝指定道場 師範代珀台』の文字がはっきりとした字で書かれていた。その文字を少し眺めた後、仔繰は何も声をあげずに、看板が掲げられている門をくぐり、その敷居をまたいだ。
屋敷の作りは頑羽の南区道場と同じだった。それに気が付いた仔繰は、気配を消し、足音を立てずにゆっくりと中庭へと回る。
途中で、師範である珀台という剣豪が弟子を指導する声でも聞こえてこないかと耳をそばだててみたが、屋敷は静まり返っており、仔繰は一度足を止めた。
どうやら噂の剣豪はいないらしい。頑羽があの皇女に連れ去られたように、この道場の主も、街の中央に聳え立っている、あの呆れるほど豪華な城へと赴いているのかもしれない。そこに思い至った仔繰は、今日何度目かになる落胆を覚え、肩を落として引き返そうとした。
だが、ふと、奇妙な香りが鼻をくすぐった。
「これは……。香か……?」
それに気が付くと、物音のしない屋敷の中から、確かに人の気配を感じて、仔繰はまたゆっくりと屋敷に近づいて行った。




