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刀の道、空の旅、戦場の風。  作者: 緒方白秋
第一章 刀の道
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〇 第参話『刀に魅入られた皇女』 -8

「いやいや。まて罫徳(ケイトク)殿。その判断は早計だ」

 頑羽(ガンウ)が、もういっそ罫徳の言葉に頷いてこの場から出て行こうかと思ったとき、待ったをかけたのは羅夸(ラコ)であった。

 羅夸は扇を口元に当て、その上から覗く二つの瞳で、罫徳を睨むようにして、大男を黙らせた。

「この武芸処(ぶげいどころ)を作った本来の目的は、強き剣士を育成し、四十年前のような戦乱の際に必要となる護国(ごこく)の為の兵を集めることだ。決して、豪族貴族からの月謝で集金することではない。つまり、頑羽が見込みのない者を除名し、有望なる若者を引き入れるということは、理に適っておると言えるのではないか?」

 今、羅夸が語った本来の目的というのも、実際は帝や他の官吏(かんり)たちを納得させるための方便でしかない。羅夸はただ、刀での斬り合いや試合を観戦し、自らの満足を満たしたいだけなのだ。それは頑羽を含めたこの場にいる全員が理解していたが、わざわざ口に出す者はいなかった。

「しかし、そうはいっても、頑羽の今回の行いは到底認められぬことであります。本来の目的とは異なるとはいっても、多数の弟子を取り、そこから得られる月謝による資金繰りは、武芸処を今後も続けていくうえで、最も重要なことであります」

 罫徳は眉間に皺を寄せながら、羅夸に食い下がった。

 罫徳がそこまで武芸処の存続を主張するのは、やはり今の武芸処総取締官という役職を失い、以前の、仕事のない皇帝の武術指南役という状況に戻りたくはないからなのだろう。そう思うと、頑羽は少し気が引ける思いであった。

 だが、羅夸はそんな罫徳をあしらうかのように首をゆっくりと振った。

「それは罫徳殿が、件の小僧の実力をまだ知らぬからそう言えるのであろう」

 如何にもという顔をして羅夸はそういうが、それに関していえば、彼女も僅かな時間顔を合わせ、少しばかりくだらない言い争いをしただけで、仔繰(コクリ)が刀を振るったところを見たことはないはずだ。それにもかかわらず、皇女は自信満々に言い切った。

「頑羽が認めた少年の実力を、我々は深く知るべきだ。ゆえに、(われ)は提案しよう」

 その時になって、頑羽は羅夸が扇の向こうで子供のような笑みを浮かべていることに気が付いた。直接見えたわけではないが、その笑顔は間違いなく、いつかの春節祭の日、頑羽が野盗を斬り殺すところを目の当たりにした時に浮かべていた、あの無邪気な笑みであった。

「一月後に行われる御前試合があるだろう」

 御前試合。それは、年に二度、この四金城で行われる、帝に捧げる刀の模擬戦である。ここ数年は帝の興味が薄れ、観覧に来ることすらなくなったが、羅夸が喜んでその代役を務めている。

「本来であれば頑羽と嶽飛(ガクヒ)の試合の予定であったが、頑羽の代わりに仔繰、(くだん)の小僧を参加させようと思う。そこで、彼の者の実力を我々で批評しようではないか」

「それはっ! とんでもないことです! 羅夸様!」

 羅夸が堂々と宣言したその提案に、大きな声で反論したのは、嶽飛であった。

 ここしばらくは帝の観覧が途絶えているとはいえ、御前試合は、宮中で三代前の帝の御代より続く伝統の祭事である。そこに、どこから来たのかも分からぬ童を急に参加させるというのだ。それは確かにいささか突拍子もないことであった。

 しかし、真っ先に反対の声をあげるのが嶽飛であることに、頑羽は少し驚いた。この若武者が、宮中の祭事にそれほど興味を持っているとは思わなかったからだ。

「羅夸様は私を、その小僧の刃を試す試金石にでもするおつもりか!?」

 しかし、嶽飛にとってはどうにも我慢のならないことらしい。頑羽が聞いたことのないほど声を荒げて、今にも羅夸に詰め寄りそうな形相であった。

「落ち着かれよ。嶽飛殿」

 そんな嶽飛を嗜めたのは、馬芹(バキン)であった。

「羅夸様は、なにもおぬしの力量を愚弄しているわけではない」

「あ、ああ。しかし……」

 馬芹の言葉に気勢を削がれた嶽飛は、それでもなお、不服そうに腕を組んだ。

 だが、嶽飛がさらに何かを言う前に、今度は罫徳が声をあげた。

「では、そこで頑羽の弟子が無様を晒したときには、私は遠慮なく頑羽を南の道場から追い出させていただく」

「罫徳殿まで……っ!」

 悔しそうに手を握りしめた嶽飛は、それからとうとう顔を伏せて何も言わなくなってしまった。

「頑羽よ、一月で件の小僧を鍛え上げて見せろ。それでよいですね、羅夸様」

 そんな嶽飛を無視して、罫徳は話を進める。

 罫徳は、そんなことができるはずがないと高をくくっているのだ。この話を口実に、自分の思い通りにならない頑羽を道場師範から追い出すのが目的なのかもしれない。

 ずいぶんと舐められているなと、頑羽は思う。

 羅夸の言葉を借りるわけではないが、罫徳は仔繰の実力を知らないのだ。あの剣術を極める為に生まれたかのような、鬼の子の才能を。

「……いいでしょう」

 頑羽はゆっくりと、その場にいる者たちに見せつけるように、大きく頷いた。罫徳からの挑戦ともいうべきそれを、吟味し、そして自信をもって受け入れた。

 一ヶ月。たった一ヶ月で、仔繰に刀の道を教え込む。

 あの少年が、一か月後にここにいる剣豪たちの度肝を抜くのだ。

「……おもしろい」

 我知らず呟いた頑羽は、自分の顔に、羅夸と似た童のような笑みが浮かんでいることにも気が付かなかった。


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