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刀の道、空の旅、戦場の風。  作者: 緒方白秋
第一章 刀の道
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〇 第参話『刀に魅入られた皇女』 -6

「まて、罫徳(ケイトク)殿。北区道場の珀台(ハクタイ)殿がまだおらん様子だが」

 羅夸(ラコ)が下座に控える三人の師範たちを手で指示(さししめ)して、その場に一人欠けていることを強調する。だが、罫徳は首を振って、言葉を続けた。

「いえ。それがこの聴聞会の本題であります」

 これには羅夸だけでなく、頑羽(ガンウ)も首を捻った。今、頑羽らがこの場に集められたのは、自分が仔繰を拾って、本来の弟子たちを破門してしまったからだと思っていた。羅夸が頑羽の道場へ来た時にそう話していたし、頑羽もそのことで呼び出されるのは当然だと思っていた。

 だが、本題はそれではないと武芸処(ぶげいどころ)総取締官(そうとりしまりかん)は言った。どうやら羅夸も聞いていなかった何かがあるらしい。頑羽は不思議に思ったが、しかし、自分のことがやり玉に挙げられるわけではないと聞いて、少し安堵し体から力を抜いた。

 しかし、次に罫徳が発した言葉は、そんな頑羽の身体を硬直させた。

「今朝、都のはずれの丘で、珀台の斬殺死体が見つかった」

 そこにいる皆が、頑羽と同じように驚きの表情で、言葉も発せぬまま罫徳の顔を見た。

 皆の驚愕を一身に受ける偉丈夫は、眉一つ動かさずに、淡々と言葉を続ける。

「死体の状況からみて、果し合いにて相対した者の刃に討たれたのは間違いがないとのことだ」

 罫徳はそこで言葉を切ると、鋭い目でその場にいる者たちを見渡した。その視線には、抑えきれぬ殺気が乗っている。なにか誤ったことをすれば、その場で斬り伏せられてもおかしくない雰囲気であった。

 頑羽はそこではたと気が付いた。罫徳が聴聞会を開いた目的は、自分がこの聴聞会へと参じた理由と同じなのだと。

 この場所には、間違いなく燦国(さんのくに)において、最高峰の刀剣使いが集まっている。そして、刀の勝負で敗れたという東区道場師範の珀台もまた、一つの刀の道を極めた男であった。であれば、その男を斬り殺した者は、ほぼ間違いなくこの場にいるということだ。

 そして、それはまた、頑羽がまったく別に考えていたこととも繋がるのだった。

 今朝は仔繰(コクリ)に対して突き放つようなことを言ったが、頑羽とて、本当は仔繰との修行を続けたかった。しかし、頑羽は半ば確信していたのだ。この場に参集(さんしゅう)する者の中に、仔繰を育てた死神、呂燈(ロトウ)を斬った犯人がいると。その者を探しに、頑羽はここへと来たのだ。そして、罫徳の話で、その確信は本物へと変わった。

「……なるほど。では、私からも一つ」

 皆の動揺が抜けきらないうちに、頑羽は畳みかけるように口を開いた。

「儂が小僧を一人拾ったのは、皆さますでにご承知でしょうか。その小僧について、一つお話ししたいのですが」

「貴様がその小僧に入れ込んで、月謝を納めている本来の弟子たちを皆破門したという馬鹿げた話なら、この後に追及するつもりだが」

 殺気を放つ罫徳の鋭い返し言葉に、頑羽は苦虫を嚙み潰したような顔をしたが、すぐに首を振って、言葉を続けた。

「その小僧の話なのですが、驚くべきことに、あの呂燈(ロトウ)に育てられたというのです」

 その名前に、罫徳は珍しく、その凝り固まった巌のような表情を崩した。身に帯びていた殺気が薄れ、眉が震え、口の端を歪めると、深い感情のこもったため息を吐いた。

「あの男、生きていたのか。四十年前の戦乱以来、見ることはなくなったが。とうに死んでいたものかと」

 まるっきり頑羽と同じ反応をした罫徳は、すぐに口を噤んで、無言で頑羽に話の先を促した。

「ええ。わたしもそれについては驚きました。しかし、驚きはそれだけではありませぬ。小僧曰く、呂燈は殺されたのです。先程お話しいただいた珀台殿と同じく、刀で斬り殺されたとのこと」

 一息に言い切った頑羽は、そこにいる面々の顔を見回し、反応を窺った。

 罫徳を見ると、呂燈の名を聞いたときにその顔に浮かんでいた感情の揺らぎは既に鳴りを潜め、いつもの仏頂面に戻っていた。頑羽の話を考えているのだろう、口を真一文字に結んで、その目はどこか遠くを眺めている。その横に立つ羅夸も同じく感情を表に出さずに、考え込んでいるようで、手を顎に当て、何も喋ろうとしない。


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