〇 第参話『刀に魅入られた皇女』 -5
「武芸処取締官補佐、羅夸。並びに、南区道場師範、“柔剣”の頑羽。招集に従い、今、参った」
羅夸が一言そう告げて、二人は、武芸総郭、あるいは雄武殿とよばれる大きな平屋の建物へと入った。中ではすでに三人の男が集まっていて、上座に一人が立ち、その男に向かって下座に、二人が足を折って控えていた。
上座に立つ大男は、太い腕を組み、その熊のような図体は微動だにせず、視線は対面した二人ではなく、中空を睨んでおり、入室した頑羽と羅夸を見ることもしなかった。腰には一本の長刀を帯びているが、そのあまりにも大きな体躯のせいで脇差のように短く見える。
羅夸はそんな大男に歩み寄って、その横に立つ。頑羽は羅夸と離れ、下座へと移り、そこに並ぶ二人と同じように足を折って座った。
「ご無沙汰ですね。頑羽様」
下座に座る二人の男の内、若々しい男が頑羽に向かって、手をついて頭を下げる。この場で、羅夸に次いで若いその男は、頑羽と同じく、羅夸に任命された西区の道場の師範、嶽飛である。
「嶽飛。確かに久しいな。馬芹殿も、お久しゅう。変わらず、お元気な様子で」
頑羽は嶽飛に言葉を返し、その横に同じく座っている、老年の男にも声をかけた。
「……ああ。頑羽殿。元気なものか。最近は、刀を握る手も震える有様よ」
北区道場師範の馬芹はそう言って、しわくちゃの顔を歪めて笑った。頑羽よりも高齢である馬芹が腰に帯びた二振りの曲刀は、彼が若い頃、西方の砂漠地帯出身の異邦人に習ったという剣術の為にしつらえられた三日月刀と呼ばれる特別なものだ。
この刀を用意するために、北区の道場屋敷には専属の刀鍛冶がおり、屋敷内に刀を打つ為の鋳造所まで作られている。そんなことができたのも、羅夸の考え出したこの武芸処という仕組みが、大きな国益を生んでいるがゆえである。
「そんなことはないでしょう馬芹様。先日北の道場へとお邪魔した時は、見事な剣舞を見せていただいたではないですか。あそこまでの足運びをできるものなど、馬芹様以外にはおりませぬよ」
歳若い嶽飛がやや大袈裟に馬芹をたてた発言をする。
この場においては、不自然と言っていいほど他の者と年の離れた若者である嶽飛は、もう老体と言っていい頑羽たちと違い、戦場での功績ではなく、模擬戦での実績を買われ、道場師範になった男である。
曰く、北方の片田舎で生まれた彼は、幼少のみぎりに祖父から教わった剣術で、突出した才を示したという。齢十で祖父を超え、十五を数える頃になると、もはやその街では誰もかなわなくなっていた。
しかし、二十の時、その地で重税などの横暴を働いていた領主に腹を立て、その私兵十人と共に斬り殺してしまった。そのせいで一度はお尋ね者となるも、後任として都から遣わされた領主の護衛を三年続けることで恩赦を受ける。
そこで剣術以外の様々な物事、学問に触れた嶽飛は、その後、単身で都へと上る。そこで、ふとした縁から、羅夸が主催した武術大会に参加することとなった。
その武術大会は、今でも都の武芸者の間では語り草となっている。嶽飛はそこで、無敗どころか、相手から一太刀も浴びることなく、無傷で優勝してしまったのだ。涼しい顔で優勝旗を受け取るあまりにも鮮烈なその姿に、羅夸はその場で空席となっていた西区道場の師範へ任命した。
馬芹も嶽飛も、頑羽に並び立つにふさわしい英傑である。彼らを見つけ出し、集めて師範とした、それもまた、羅夸の慧眼と言わざるを得ないのだろう。
「珀台殿はまだですか、生真面目なあの方が遅れてくるとは、珍しい」
頑羽はその場に東区の道場師範がいないことを見て取ると、まだ聴聞会が始まらないと思い、二人との会話を続けようとした。だが、頑羽の会話を断ち切るように、上座の大男が声をあげた。
「これより、聴聞会を始める」
羅夸の横に立つ大男、その名を罫徳。
本来は当代の帝に剣術を教える、武芸指南役として四金城へと招かれた武人であった。だが、当の帝が武術の習得を拒否したためにその立場が曖昧となっていたところを羅夸に見いだされ、武芸処総取締官という役職を任命されたその男。
国士無双にして英雄豪傑。体に数多の刀傷を作りながらも生涯無敗。頑羽とて刀神などと呼ばれ、数多の戦、あまたの剣戟を経験しているが、それでもこの男には敵わないと思わせる。それほどまでに極まった武芸者である。