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刀の道、空の旅、戦場の風。  作者: 緒方白秋
第一章 刀の道
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〇 第参話『刀に魅入られた皇女』 -2

「なんじゃその顔は、おぬし、(われ)を馬鹿にしておるのか」

「いえ。相すみませぬ羅夸(ラコ)様。この者は帝都の外の孤児でありまして、御君(おんきみ)の御威光を正常に理解できておらぬのです」

 頑羽(ガンウ)が再び二人の間に入り、口早に仔繰(コクリ)を庇う。

 仔繰は頑羽がまた皇女の機嫌を取っているのが不愉快だったが、なにやら自分の無知が原因らしいということは漠然とわかったので、むすっとした顔で押し黙った。

 だが対する皇女は不満を隠すことなく鼻を鳴らす。

「ふんっ。まあよいわ。吾が知りたいのは、父上の偉大さがいかに天下に広まっておるかなどではない」

 羅夸はそういうと、また仔繰を舐めるような目つきで見る。

「吾はおぬしの実力が知りたいのじゃ野良犬よ。頑羽を唸らせたというおぬしの剣術を、吾に見せてみろ」

 羅夸は右手に握った扇を畳むと、それを刀に見立てて、横一線に振るって見せた。そのあまりの不出来さに、仔繰は我慢できずに鼻で笑う。

「はぁ? おまえが俺と斬り合うってことか?」

「何を言っておる。吾のこの細腕(ほそうで)で、刀など持てるはずがないだろう」

 羅夸はさすがに童子(どうじ)のような行いを恥じたのか、少し顔を赤らめて、すぐに振った手を下げた。扇を広げて赤ら顔を隠すように顔の前に持ってくるが、扇の上から覗く瞳は仔繰から離れない。

「ほれ、頑羽。今から稽古を行おうとしていたのであろう? 打ち込み稽古というやつじゃ。吾はそれが見たい。はようせよ」

 仔繰は羅夸に偉そうに急かされることに腹が立ったが、稽古を早く始めたいという思いは同じだった。

 そもそも稽古の開始が滞っているのは、おまえが来たせいだと小声で愚痴をこぼしながら、仔繰は先ほどまで丁寧に汚れを拭き取っていた木刀を、しっかりと右手に握りなおし、立ち上がった。

 そうして頑羽のほうを見たが、その頑羽は何かを考えている様子で髭を撫でていた。そのしぐさに、嫌な予感を覚える仔繰である。

「……いえ、羅夸様。先程仰っておりました、武芸総郭(ぶげいそうかく)聴聞会(ちょうもんかい)があるのでしょう。まさか当事者である儂が遅れるわけにはまいりませぬ。すぐに向かいましょう」

 頑羽の言葉に、仔繰は驚きのあまり、右手に持っていた木刀を取り落とした。仔繰は自身が柔剣(じゅうけん)を習得できるまで毎日打ち込み稽古を繰り返すつもりでいたし、それが当然だと思っていた。

「なんだって? おい! 師匠!」

 音を立てて床を転がっていく木刀を拾いもせずに。仔繰は頑羽に詰め寄った。そのあまりの形相に、横で見ていた羅夸は少し怯えて一歩身を引く。

 しかし、頑羽は平然として、怒気を放ってこちらを睨みつける仔繰の頭に手を置いた。

「昨日はあれほど打ち合ったのじゃ。今日は休暇としよう仔繰」

 そのまま犬にそうするように、乱雑に仔繰の頭を撫でる。仔繰は何も言い返せずに、ただ茫然とされるがままになっていた。

「仔繰よ。わかってくれ」

 頑羽はゆっくりと言い聞かせるようにそう言うと、羅夸のほうへと向き直った。

 羅夸は少し不服そうだったが、何やら少し考えると、おもむろに一つ頷いて、道場の外へと向き直った。

「……まあよいわ。野良犬の剣技は、近いうちに見られるのじゃからな」

 その羅夸の言葉を頑羽は聞き逃さなかったが、何かを訪ねる前に、羅夸は足早に道場を出て行った。頑羽は何も言わなくなった仔繰の頭から手を放し、髭を撫でながらそのあとに続く。

 二人が道場屋敷を出て、外の道で羅夸を待っていた牛車に乗り込むところで、ようやく仔繰が走って追いかけてきた。

「……なあ、師匠。俺は強くなりたいんだ。呂燈(ロトウ)を殺した奴を斬れるように――――」

 息を切らしながら訴える仔繰に、頑羽はそれでも首を振った。

「わかっておるとも。しかしな、仔繰よ。おぬしは刀の道以外を知らなさすぎる。少し、この帝都を見て回るのもよいじゃろう」

 頑羽はそう言って、仔繰の右手を取って引き寄せると、その手の平に、懐から取り出した幾ばくかの銭を握らせた。羅夸はそれを見て思わず笑ったが、扇で口元を覆うだけで、何か口を挟むことはなかった。

「自由に使え。夕刻には戻る。ではな」

 仔繰は都の中央にある帝の居城、四金城(しきんじょう)へと走ってゆく牛車を茫然と見送った後、手に握らされた小銭を地面に叩きつけた。

「なにが皇女だ!」

 早朝の青い空に、仔繰のあらん限りの大声が木霊した。


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