傷心旅行という名の
彼氏と別れた。傷心旅行に付き合ってくれ。
何だかんだ中学の頃からの付き合いである親友の依織にそう言われた。
「……傷心旅行って。そういうのって普通、一人で行くもんじゃなかったっけ」
「いーのいーの。あたしが乃亜を誘いたいって言ってんだから」
「できれば私の気持ちを考えてほしいところだったけど」
「え? 嫌?」
「……そんなにはっきり言うほど、嫌じゃないけど」
「じゃあ行こ。二人で行った方が一人当たり安くなるみたいだし」
結局都合のいいように使われてるな。そう思いながらも、私は依織と旅行に行くことになった。理由は私が好きな温泉に行くから、ただそれだけだった。
「あー着いたーっ」
「……」
無事目的地に到着、温泉街の若干外れに位置する駅の改札を抜けて、依織が大きく伸びをしてだらしなくあくびまでしてみせた。本当に彼氏と別れてショックを受けているのか、と疑いたくなるほど元気そうだった。
「ん、何その目は」
「……いや、ホントに傷心旅行のつもりなのかなって。実はただ旅行に行きたかっただけとか?」
「それは乃亜の方こそ……って言ったら怒るよね。いやでも、割と心にはきてるよ。初めてあたしの方から振ったんだけどね」
「あんたからかよ」
「だって仕方ないじゃん、あたしが浮気とかそういうの許せないって、乃亜も知ってるでしょ?」
「……まあ、それはそうだけど」
いわく、彼氏が浮気しているのが発覚して、それはそれは怒り狂い、ものすごい剣幕で怒鳴りつけたらしい。さらに荷物はおろか服さえまともに着せない、まさに丸裸にした状態で彼を放り出したのだという。さすがに元から持っていた服は着せてくれと懇願され、安くて金にならなさそうな服は返したそうだが、あとは追い出したその日じゅうに元彼の服を古着屋に持ち込み、その金で少し高めのディナーを楽しんできたと依織は言った。そんなことを言われると依織の心は本当に繊細なのか、疑問に思ってしまう。
「やっぱさあ。自分が浮気される程度の人間だって思ったら、嫌になるじゃん。あの時はもう訳分かんないくらい怒ったけど、いざ一人になってみたら、寂しくてしょうがないっていうか」
「依織って、昔から寂しがり屋だもんね」
宿泊予定の旅館に着いて、部屋で少しゆっくりしてから温泉に向かうことになった。その間にも私は、依織の愚痴を延々と聞かされる。普通はうんざりしそうなものだが、どういうわけか依織の話はそれほど退屈しない。それはもう長年一緒にいて慣れたからなのか、それとも依織の取る行動が面白くて、話にも上手く緩急がついているからか。
「あー……正直もう彼氏作る気になんないわ」
「とか言って、たぶんまた何週間か後には新しい彼氏作ってると思うけどなあ」
「いやいや。今度こそないわ。だって今回は向こうの浮気だし。もう男は信じられん」
中高の頃の依織は、もっと大人しい印象だった。ちょっとはっちゃけている部分はあったにせよ、積極的にガツガツ彼氏を求めるタイプではなかった。下手をすれば私よりシャイなんじゃないか、と思うくらい。
だが大学生になって、依織は変わった。中高の頃は家族がいたから目立たなかっただけで、下宿を始めて極度の寂しがり屋という、本当の依織が出てきた。そのことに気づいた時にはすでに遅かった。ちょっと見ない間にコロコロ彼氏が変わり、しょっちゅう男を家に泊め。昼からの講義に悠々と遅れてくるようにさえなった。昔の依織なら絶対にあり得なかったことを、大学に入ってからいろいろしでかすようになったのだ。
「そんだけ男と付き合ってきて、よく浮気されずに済んだね……」
「ま、あたしが相手に依存しちゃうタイプっていうのは、自分でも何となく分かってるし。頼られて悪い気はしないんでしょ」
「それはそうかもしれないけど……」
依織ほどの寂しがり屋となると、依存も結構重たい。確かに多少の依存ならより仲を深めるのに一役買うかもしれないが、依存されすぎるとうんざりするのではないか。依織が追い出した元彼も、そうやってもう少し自分を放っておいてくれる女の子を探しに出たのかもしれない。
「さ、温泉温泉」
「あ、ちょっと……」
私に愚痴をぶちまけるだけぶちまけて、依織は旅館についた露天風呂にさっさと行ってしまった。私も慌てて後を追う。
依織は一緒に旅行しているのが私だからと気を抜いているのか、ぱっぱと放り投げるように服を脱いで、扉を開けて湯けむりの中に消えてゆく。高校の修学旅行の時にはそこまで大胆でなかったから、男の前では”女の子らしく”おしとやかに振る舞うことに気を遣っていたのかもしれない。
「……そういえばさ。乃亜は彼氏とかできたの?」
「できてないよ。ほら、私こんなのだから……」
「もうちょっと何かすればモテると思うんだけどなあ、素質あるし」
「何かするって言われても……」
「こう、さ。乃亜には何か足りないんだよね。言葉では上手く言い表せないんだけど」
「じゃあ私にも分からないじゃん」
「そうなのよねー」
依織は身体を洗うのもそこそこに、お湯に浸かってしまう。一応最低限のマナーとしてくらいはやったようだが、昔に比べれば相当がさつになっていた。これも散々男をとっかえひっかえして付き合ってきた反動だろうか。そんな依織を時々見ながら、私はいつも通りに身体を清めて依織の隣に行ってお湯に沈む。
「じゃあ乃亜、彼氏作る気は?」
「そんなにないかな」
「楽しいよ、相手がいると」
「別れたばっかの依織に言われても……」
「それは相手の問題だから。相手の問題」
「相手、ねえ……」
「あたしはたまたまずっといてもいいな、って相手が見つかってないだけで」
「依織は全然見つかってないじゃん」
「それも運ってやつじゃない? 見つかんない時はいつまで経っても見つかんないだろうし。でも探さないと始まんないからねー」
「……」
依織の話がでたらめなようで、実は結構真理を突いているということは、私もよく分かっている。私も一生相手なしでいいか、と言われると、それはちょっと嫌だと思う。一人の時間も欲しいけれど、誰かと一緒に幸せな時間を過ごしてみたいとも考える。
「……そういえばさ」
「うん」
「あたしってまあまあの寂しがり屋じゃん?」
「まあ、そうだね。筋金入りだと思う」
「あたしもポンポン彼氏作っては別れてんな、って自覚はあるのよ。まあ別れてるのは結局ケンカしてこいつとは合わないな、って思ったからなんだけど。でも別れても結局、誰かと一緒にいないと死にそうになるんだよね」
「そんな大げさな……」
「いいや、あたしにとっては死活問題なの。別にご飯作ってくれ、家事代わりにやってくれってわけじゃないの。ただ、一緒にいてくれるだけでいいんだよね」
「……はあ」
むしろ依織は家事が全般的に得意な方だ。手先が器用というのも相まって、割と何でもそつなくこなしてしまう。彼氏がどうしても忙しく、一人になってしまうという時に私はよく依織に呼び出されるのだが、料理もかなりおいしい。もっと腰を落ち着けて、長年連れ添っていけそうな人をじっくり探せばいいのに、と私は思うのだが、恐ろしいほどの寂しさがそれを邪魔するらしい。
「……で、気づいたわけ」
「うん」
「一緒にいてほしいだけなら、別に男じゃなくてもよくない? って」
「……!?」
危うく壁に寄りかかったところを滑らせて、溺れそうになった。突然何を言い出すかと思えば。いよいよ血迷ってしまったか。
「だってさ。どんだけつくろったって、男ってやっぱ下心あるじゃん。女に一緒に泊まってとか言われたら、期待するでしょ。あたし、もしかしてそれに疲れてるのかも」
「今さら気づいたか……」
「で、じゃあ男じゃなくてもいいじゃんってなったわけ。あたし別に、一緒にいるのは男じゃないと絶対嫌、ってわけでもないみたいだし」
「……それは、よく分からないけど」
依織は昔から、よく突拍子もないことを言ってくるような人だったけれど。まさか女の子と付き合うと言い出すとは思わなかった。確かに男の人と一緒に暮らすよりかは、楽なことも多いかもしれないが。少なくとも私にとっては、普通に生きている中で思いつかなさそうな選択肢だった。
「乃亜はそういうの、絶対嫌なタイプ?」
「絶対嫌ってほどじゃないけど……あんまり、思いつかないっていうか。想像できないっていうか」
「じゃあ、想像させたげる」
ふいに依織が私に身体をぴったりくっつけて、お湯の中に沈んでいた私の手を握ってきた。
「え……?」
「今どういう気持ち?」
「どういう……って、これって、」
「もう少し、想像しやすくしてあげよう」
依織が私の方にもたれかかってきた……と思えば、首筋にそっと口づけ。急にドキドキしてきた。そして、今この女湯に、私と依織しかいないことに気づいてしまった。
「依織……?」
「乃亜的には、こういうのアリ? ナシ?」
依織の目は、恐ろしいほどにまっすぐ私の方を向いていた。普段私にふざけた感じで接してくることが多い依織。それなのに今は、いたって真面目に私のことを考えているらしかった。
「……たまに依織の家に泊まりに行くのじゃ、ダメなの」
「ダメ」
私は全て悟った。いや、悟るには遅すぎたかもしれない。依織は私を自分のものにしようとしている。さっきまで他人事だと思って聞いていた話が、突如私自身に向けられたように感じた。それが嫌だとは感じない。依織とは散々、一緒にいろいろやってきたから。
「乃亜には、ずっと隣にいてくれないと困る」
「束縛強くない……?」
「そんなことない。ちょっと、あたしの家に来る頻度を増やしてもらえれば」
「それ私の予定全然考えてないよね……?」
「じゃあ、あたしの家で暮らせばいいじゃん」
「……そういう問題じゃない」
依織と一緒に暮らす。ただの親友ではない、進んだ関係。一歩進んだことも依織とするかもしれない。そうなれば依織との関係は、確実に変わってしまう。
「……絶対に嫌って言うなら、この話は忘れてもらっていいよ」
「え……」
かと言って、はっきり断ってしまうのもいかがなものか。それはそれで、今後依織に接しにくくなりそうな気がする。それにこの旅行はどうなるんだろうか。二泊三日の旅行で、まだ一日目なのに。私は今、依織にどう言うのが正解なんだろうか。
「……ま、さすがにいきなりすぎたよね。反省、反省」
あー、これだから男と違って難しいよなー、と気を紛らわせるように依織は大きな声で言って、さっさと立ち上がり脱衣所の方へ行こうとした。
「……待って」
気づけば私は依織と同じように立ち上がって、依織を呼び止めていた。
「その……絶対に嫌とかは、言ってない、でしょ」
「……っ!」
「私は、その……依織にどう接すればいいか分からなくなりそうで、怖い。だから、踏み出せない」
「……ふふっ」
依織がふと、無邪気に笑う。依織は私と違う。何も心配していなさそうな表情だった。思い切りそんな顔を向けられると、こちらまで安心してしまう。
「大丈夫。一緒に暮らそうがいろいろ踏み出そうが、あたしと乃亜は親友だから。そこは絶対、変わらないところだから」
依織はそう言うと、満足げに脱衣所へ出る扉を引いた。私もその背中を追う。お湯の中で感じた依織の手が、今さら安心する温もりだったと気づいた。




