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最低魔力の魔導技術士  作者: 恋熊
1章 新米の魔導技術士
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6話 誰でも騎士になれる

 




 その日の夜のことだ。


 レノンは修練場の食堂にいた。


「食べる場所も中にあるんだな」


 魔導修練騎士にとっては、食べる事も修行だ。戦場で動く為には、動く分のエネルギーを摂取していなければいけない。だから、体を作り、エネルギーを補給する為の食事は、騎士にとって必要な行為で、魔導修練騎士は特に、多くの食事を食べられる様にしていなければならない。


 よく見てみると、周りの修練騎士達は米3杯分や5杯分を楽々と平らげている。ちゃんとおかずもしっかりと食べている。肉や魚だけでなく、野菜も発酵食品も、残さず食べている。どう考えても人の腹に入りきる量に見えないのが恐ろしい。


 レノンは周りの食べっぷりを見てるだけで吐きそうになる。


 ちなみに、食事は一応訓練とは別になるので、監督官や先生は同行していない。いや、彼等も食事の時間は一緒である為、いるはいるが、食べれない修練騎士や魔導技術士に無理矢理食べさせる様な事はしない。


 レノンは周りの食べっぷりを見ているだけでお腹いっぱいになり、1人分をなんとか食べ終え外に出る。


 廊下に出ると、ふと、窓の外に見知った顔を見つける。


「あれ?」


 窓の外、つまり、修練場の外でうずくまっているのはセリアだった。


「ーーーー」


 レノンは、思わず外に向かって歩を進めた。


「セリア」


 レノンは暗闇の中でセリアを呼ぶ。


「ふぇぇ⁉︎」


 セリアはビクリと背を震わせる。


「ああ、ごめんごめん!」


 レノンはセリアの肩をさする。


「……」


 レノンは何か言おうと思ったが、何も言わずにセリアのそばにいる。修練場からその姿を見た時は何か言おうかと思っていたが、セリアの顔を見ていたら、何も言えなくなってしまった。


「気にしないで下さい」


 その代わり、セリアの方から心配要らないと釘を刺される。


「私は大丈夫ですから」


 髪が長いせいで、その表情はわからない。でも、今にも泣きそうな震え声で、震えた腕でガッツポーズを取る。


「ほら、平気」


 そのガッツポーズは、どこか弱々しかった。


「こんな事は、日常茶飯事なんです」


 セリアは、もう2年以上もこんな生活を続けている。彼女にとって、自分の無力を痛感する日々は、今日だけではないだろう。


「ですから、大丈夫です」


 どれだけ頑張っても、上に向けて努力を続けても、上手くいかない日々。自分の努力が正しいのか、間違っているのか、わからなくても、ただひたすらに努力を続ける。それでもどうにもならなくて、苦しくても頑張って、頑張って、頑張って頑張って頑張って、その先には望んだ未来は全然見当たらなくて。


「わ……私は、大丈夫、なんです……」


 それの何が大丈夫なのか。努力が報われず、間違った努力をしてしまって余計に道が遠ざかる事の、一体どこが大丈夫だというのか。


 いつの間にか、セリアは泣いていた。その長い髪の奥で、涙を流し、嗚咽を漏らしていた。


「そうか」


 しかし、レノンは何も言わない。慰めも、励ましもしない。


 レノンは、ただそばにいるだけだった。何の言葉もかけずに、隣でセリアの泣き声を、ただひたすらに聞いていた。


 たったそれだけの事が、何故かセリアにはあったかく思えた。





 ◆◆◆◆◆◆





 次の日。


 セリアは前の日の疲れは少しは取れたものの、完全回復とはいかなかった。勿論、1日休めば回復もしただろうが、セリアは無理に訓練を受けてしまった。だが、前日よりは動けるくらいには回復していた。


「セリア……」


 レノンはその小さい後ろ姿を、ただ黙って見ていた。レノンにセリアを休ませる権限も、修練場の練習を変えるだけの地位もない。できるのはただ応援する事だけだ。


 そして、レノンは別室に行き自分の魔導技術士の指導に、セリアは魔導修練騎士の訓練にそれぞれ集中する。


 そんなある時。


「ちょっと!」


 大きく甲高い声が鳴り響く。


 それは修練騎士が組手に入った時だ。


 あまりの大きな声に魔導技術士の講習を受けていた者達も集まってくる。


「あれ?」

「あれって……マリナス=イーストウッドじゃないか?」


 緋色の髪を後ろで1つに纏めた女の子。背は高く、その紅蓮の瞳がまるで人を貫く様に鋭い。胸は平らで、本人も気にしているらしい。


 マリナス=イーストウッド。国の放送にも出ていた、新進気鋭の魔導守護騎士だ。魔導修練騎士の期間を1ヶ月足らずで終え魔導守護騎士になった、期待のルーキーで、放送でも彼女は大きく取り上げられていた。


 守護騎士も修練場に立ち返って訓練をやり直す事は時々ある。修練場には訓練をするのにうってつけの施設と相手が揃っているからだ。しかし、マリナスほどのルーキーは守護騎士の忙しさに忙殺され、修練場に立ち戻る事は少ない。


 そんな彼女が何故ここにいるのかはわからない。だが、現在、彼女が揉め事の中心にいるのは確かだ。


 マリナスは、目の前にいるセリアに剣を向けていた。


「アンタ、やる気あるの⁉︎」


 マリナスはセリアに怒っていた。


「武器を持ってもただ棒立ちしてるだけで!アタシの訓練にならないじゃないの!」


 セリアはまだ本調子に戻っていない。しかし、本調子に戻っても大して武器は扱えないから、セリアは強く出る事が出来ない。


「訓練もまともにこなせないなら、アンタにとっても、周りにとっても迷惑なだけよ!」

「待て!」


 監督官がマリナスを止める。


「彼女はオーバーワークで調子が悪いんだ。自分の訓練ができないからって彼女に怒らないで欲しい」


 監督官はマリナスに強く出る事が出来ない。それは勿論、セリアに非があるからだ。セリアのオーバーワークは彼女が引き起こしたもので、責任は全て彼女にある。それでも、彼女が訓練に出ることを、監督官は強く止められなかった。それは、セリアが過ごして来た2年が、これ以上伸びる事が、セリアにとってどれだけの恐怖か、長年見てきた監督官にはわかるからだ。


「オーバーワークはその子の責任でしょう⁉︎それでアタシがまともな訓練も受けられなくなるのはおかしいわ!」


 マリナスはセリアを睨み付ける。


「大体、アタシ達は騎士を目指してこの場所にいるのよ?オーバーワークなんて初歩的なミスを犯すなんて、アンタ、騎士に向いてないんじゃないの?」

「あ……」


 その一言が、セリアがなんとか保ってきた何かを崩した。


「う、うぅ……。う、あぁ……」


 セリアは咽び泣いた。心の奥から、涙が止まらなかった。


「待った」


 声を掛けたのはレノンだった。


「レノン、さん……?」


 レノンはセリアの前に立つ。


「何よアンタ。ここは修練騎士の訓練場よ」

「まあ、そんなに怒らないでくれよ。ただ一言、君の言葉を撤回して欲しいだけだから」

「撤回?」


 マリナスはレノンの言葉に眉をひそめる。


「セリアは騎士に向いている……かどうかはわからない」

「ふぇぇ⁉︎」


 セリアは肯定してもらえるのかと思ってびっくりする。


「でも、向いてなくても」


 レノンは目を閉じる。心の中から、言葉が溢れてくる。


「どんな奴にだって、騎士になることはできるんだ」

「へぇ……」


 マリナスは目を細める。


 周りはざわざわと騒ぎ始める。


 あのマリナスに、啖呵を切った無名の奴がいると。





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