4話 魔導修練騎士
それは十数年間の出来事だ。
その時期は魔導守護騎士も隆盛の時代で、次々と魔導獣を倒し、その放送を見て魔導王国の国民達は大盛り上がりしていた。特に、子供達は魔導守護騎士の活躍を目にして胸を熱くし、目を輝かせていた。
セリアもそんな子供達の中の1人だった。魔導獣に負けそうになる騎士の姿をハラハラして応援し、そこから起死回生の逆転を見せた騎士に興奮し、倒された魔導獣とその上に立つ魔導守護騎士の姿に、感動を覚えた。
「すごい!すごいすごいすごい!」
セリアも、そんなすごい騎士に憧れたのだ。それに何より、騎士には女でも、運動が苦手でもなれるという所に、セリアは心惹かれていた。
いや、勿論、騎士は敵を倒す仕事だ。運動能力が突出していなければ敵を倒す事は出来ない。しかし、この世界には魔術があった。騎士は魔術を駆使して、魔導獣との膂力の差を埋める。魔導獣も魔術を使ってくるから、いかに魔術を巧みに使えるかが勝負を分ける事が殆どだった。そんな魔術によるド派手な戦闘が放送をより盛り上げ、皆の心を惹きつける。
セリアの魔術の適性は普通よりは高かった。運動は苦手でも、魔力の量は同年代の子供達に比べて優っていた。だからセリアは魔力のコントロールを磨いた。魔力は自分の中にあるものだ。その使い方を覚え、細かい調節も出来るようになった。
これで私も魔導守護騎士になれる。戦える。そう思った。でも、違った。
自分の足を引っ張る運動能力は、想像以上に足を引っ張っていたんだと痛感したのは、魔導修練騎士の資格を得て程なくしてからだった。
◆◆◆◆◆◆
「はい、これで手続きは完了だ」
修練場の中。レノンは事前に通達されていた書類を提出し、承認を貰った。これでレノンは修練場の中で手ほどきを受ける魔導技術士見習いの一員だ。
レノンはこれから魔導修練騎士と共に過ごし、彼等の装備を手入れしながら魔導技術士の仕事を学んでいく。そうして、一通りの仕事を学んだ後、一人前の魔導技術士として魔導守護騎士達の装備を扱っていくことになる。
現在、魔導技術士の仕事は対して重要視されない。その理由は、戦闘はほとんど魔導守護騎士の技量に頼りきりになっているからだ。
戦闘における魔術は、その場で魔法陣や呪文を作る事はない。それでは間に合わないからだ。だから、基本的に、魔術は事前に装備や物に、魔術を発生させるための仕組みである魔導術式を組み込んでおく。そして、組み込んだ術式に魔力を流し込む事で、魔術を発動させるのだ。
魔導技術士の仕事は、そんな術式を組み込んだ鎧や道具を作ることと、その整備だ。だから一見すると、とても重要な事のように見える。しかし、術式を組み込むのは時間もかかるし、戦闘で使うのは単純な術式ばかりで、そんな単純な術式なら素人にも作れる。更に言えば、複雑な術式は、魔力量が多く魔力コントロールに優れた者ほど作りやすい。だから、一流の魔導守護騎士は、自分で道具に術式を組み込んでしまうのだ。
つまり、魔導技術士の仕事は基本的には術式の組み込まれた道具の調整・整備だ。ごくたまに、魔力量が多く魔術コントロールに長けた魔導技術士もいるが、そんなのはほんの一握りで、魔力量が多い人間は煌びやかな舞台である魔導守護騎士の方へと流れて行ってしまう。
それでも、レノンは魔導技術士を目指すと決めたのだ。目を輝かせ、心を弾ませ、レノンは魔導修練騎士が訓練を行う第1訓練室へと向かった。
第1訓練室は、言ってみればただのでかい木張りの床の競走コースだ。床にはテープでマラソン用のコースが引いてある。修練騎士達はただひたすらそのコースの上を息を切らしながら走っていた。
「これは……基礎体力作りですか?」
レノンは自分に着いて回ってくれる魔導技術士に尋ねる。魔導技術士見習いは魔導技術士の元で一通りの手ほどきを受けるため、見習いには1人、プロの魔導技術士が先生としてつくのだ。
ちなみに、先程書類を受理してくれた人が魔導技術士である。
「そうだよ。ここは修練騎士の基礎体力作りのための訓練室だ」
魔導技術士は、騎士の装備を作り、整備するのが仕事だ。だから、魔導修練騎士と魔導守護騎士の両方を理解しておかねばならない。
そのために、レノンはまずこの第1訓練室に招かれた。
魔導守護騎士の任務、魔導獣を倒す事に必要な要素は全部で3つ。
・体を動かすための基礎体力
・相手の動きを見切った上で体を動かすための運動神経
・相手を吹き飛ばす程の大火力を出すための魔力
この3つが揃っている人間が、現代の対魔導獣戦闘において必要な魔導守護騎士とされている。
「そのために、ここでは必要な要素を伸ばすために、それぞれの要素を伸ばす訓練が行われているんだ」
「でも……少し前までは、どれか1つでも突出していれば良かったじゃないですか?」
「いい質問だね」
そう、レノンの疑問通り、『体力・運動神経・魔力』、このどれか1つが揃っていれば昔の戦場では役に立てた。
体力があれば、運動神経や魔力がなくても戦場で動き回り、他の騎士の補助や壁役を受けることができる。
膂力や運動神経が良ければ、最前線で魔導獣へのヒットアンドアウェイを繰り返し、敵の体力を削れる。
そして、優れた魔力があれば、優れた魔術が使える。
こういった特化型の戦士は、昔の戦場にはごまんといた。しかし、その特化型の戦士同士の連携にはかなりシビアなものが要求される。彼等は特化型だけあって、他の事はほぼ何も出来ない。そんな戦士が戦場にいれば、その何も出来ない部分が戦場で出てしまった時点で死ぬ。
ひと昔前は、そうやって何千何万という犠牲が出てしまっていた。だから、それを改善するために、今は万能型の魔導守護騎士を増やそうという動きが強い訳だ。
「体力がなければ戦場で長時間動けない。長時間動けなければ独りでは戦えない。彼等は独りで戦う為に、こうやって体力強化を行なっているんだ」
「独りで……」
「そう、独りで戦えれば、簡単な連携で敵が倒せるだろう?戦場でシビアな連携を求めるのは、死と隣り合わせの危険な行為だからね」
1人1人が出来ることのみをやり、お互いを補い合う連携は一見、自分に出来ないことはやらなくていい楽な連携に感じるかもしれない。しかし、戦場でほんの少しでも隙を作れば死に連結する。そんな危険な場所で、危険な連携を続ければ、死ぬ確率はぐんと上がる。
「彼等にはそんな危険なことをやらせない為、何より戦場で死ぬ人間を減らす為に、ありとあらゆる訓練を、一定以上の値でクリア出来る者を戦場に出しているんだ」
実際、それで死者数を格段に減らすことができた。
「それに、あらゆることを行うにはまず体力。体力がなければ、体を自在に動かす事も出来ないからね」
激しい運動も、魔術も、体が消耗した状況ではロクに行う事も出来ない。だから、何が何でも基礎体力を向上させ、長期的に体を動かせる人間を作ろうとしているのが、この第1訓練室だ。
「なるほど……あれ?」
ふと、レノンはあるところに目がいく。
そこには、肘をつき頭を地面に突っ伏している女の子がいた。その女の子は、なんとさっき知り合ったばかりの子であった。セリアだ。
セリアはコースの外で、汗を大量に掻いて、今にも倒れそうに地面に俯いていた。
セリアは、2年経っても、望んだ体力を得られることが出来なかった。