プロローグ 帰郷
今日、初めて親友とケンカした。
口なら負けないが、物理となるとそうもいかない。
なにせ、シロイには腕が十本もある。
ロボットアームをにょきにょきと出現させたあいつは、まるでメデューサかヤマタノオロチみたいだった。
シロイは器用だし、計算速度も速い。
それに、もうずいぶん長い付き合いになるから、俺のことを(もちろん弱点もだ)熟知している。
――つまり、俺はあいつの気が済むまで一方的にボコられた。
「海がいいのーっ!」
「山のほうが景色いいだろ」
「うーみー!」
「どう考えても山の方が……って、いたっ! 待てコラ、暴れんな!」
シロイは海にしようって言って、俺は山にしようって言った。
だから喧嘩になった。
バカンスやハイキングの話じゃないぜ。
【ノアの方舟】だ。
あれをどうしようかって話でケンカしたのさ。
「もうっ! タグチなんてしーらないっ!」
そう言ってあいつはキュルキュルとタイヤを鳴らしながらどこかへ行っちまった。
まさか、ミッションクリアを目前にこんなことになるとは思っていなかった。
俺はへこんだ。
初めてケンカをしたせいか、一方的にボコられたせいか、ミッションがつまづいたせいか、それともシロイに「タグチなんてしーらないっ!」と言われたせいか、それはわからなかった。
残された俺は、ぽつんと座って膝を抱えるしかなかった。
シロイは戻ってくるだろうか。
……いや、ほとぼりが冷めた頃に探しに行ってやらないとな。